おかえりなさい。私たちの日常。
オープニング曲『Altair-アルタイル-』
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「久しぶり!」
「元気してた?」
学び舎への長い坂道に、エネルギッシュなざわめきが帰ってきた。
今日は廣塚望陵学園高等学校再開その初日、実に1カ月ぶりの登校風景である。
3日前に梅雨明け宣言が出され、今日も強い日差しが地面に影をジリジリと焼き付ける。学校再開と共に夏もやってきたのだ。しかし彼らには暑さへの文句よりも友との再会の喜びが上回る。ハイテンションの歓声が列を成して正門へと続いていた。
◆
まだ溶剤の匂いがほんのり残る教室。かつてと同じ場所に荷物を置いた大樹はその屋内を見回した。少し前に顔を合わせたとはいえ、あるべき場所にあるべき顔ぶれがあることに安堵しつつも、その『少し前』にも居合わせなかった二人。松尾と安倍の姿が見当たらなかった。
「いない…のか。やっと友達ができたと思ったのに…」
ガッカリしながら席に着くや、頭上から声が降ってきた。
「おはよう、神代君!」
腕組の上に2つの巨峰。さらにその上に少し不機嫌そうな少女の顔。言うまでもなく澪である。
そのデジャヴな光景から身構える大樹。しかし澪の不機嫌顔は秒と保たず、柔らかな笑顔へと変わった。
「…よかった」
あまりの小声に聞き取れなかった大樹、
「あ? 何だって?」
と聞き返すが
「何でもない! 今日も一日、しっかりやるのよ!」
と、ひらりと身体を翻し、長い黒髪を靡かせて自分の席へと戻っていってしまった。
「お、おう…」
その背中に気合の入らない返事をした大樹、とはいえ何処となく懐かしい安堵感がそこにあった。
「アレレ? もういいの?」
大樹が教室へ入ってきたのに目ざとく気付くや否や「紗々羅ゴメン、ちょっと待ってて!」とそちらへ小走りの澪を見て、紗々羅はてっきりもっとたっぷりと話しこんでくるのだと思っていた。
「うん。あいさつだけだから」
「ウチのことはほっといていいんだけど?」
「別に、そういうんじゃないし。いいのよ、これで」
「ふうん。 …そっか!」
そう言いながらも眩しいくらいの満面笑顔に微かな涙を浮かべた澪を見て、紗々羅もまた2-Bへ帰ってきたのだと実感した。
◆
「起立! 気をつけ! 礼!」
生徒たちが自主的に決めた今日の日直の号令で、かつてそうであったのと同じ1日が始まった。
「みんな! よく帰還してくれた!」
と、2-B担任・胡桃沢さくら。高校教師でありながら陸上自衛隊所属な彼女らしい、その第一声。
「あの火災事故から1カ月少々。こうしてみんなと再び会うことができて、私は、その、ちょ、ごめん…」
さくらは俯き、かすかに鼻をすする。その空気を察した教室はシンと静まり返り、もらい泣きがあちこちから聞こえた。
どことなくしんみりムードなところ、2-Bの空気チェンジャーこと結城茂が手を挙げて起立。
「さくら大佐殿! 大佐殿はこの1カ月、何をしておられましたか!」
この男、ミリオタでもあるのでさくらに話しかけるときはいつもこの調子だ。この突拍子もない行動にさくらは苦笑い。そして長めの咳ばらいで落ち着きを取り戻す。
「んんんッ! うん、すまない。こういう湿っぽいのはダメだな、卒業式じゃあるまいし。ははは。それで私は、君らも知っての通り陸自の隊員でもあるからな、隊に戻っていたよ。先月の事件についての報告、その対応を協議していた。もちろん自分自身の訓練もやって、新人教育や体験入隊への応対もだったから、なかなかに忙しかったぞ」
「休みは無かったのでありますか?」
「隊に戻れば隊のスケジュールで動くからな。学校の方がのんびりしているまである。ところで結城、私は大佐ではなく陸尉だ。まぁいい、座れ」
「イエス、マム!」
と結城は敬礼のあと着席。クラスにクスクスと笑いが起こる。
「とにかく、こうして再会できたことを喜ぼう。では、今日1日の予定を伝える」
以降、事務的にスケジュールが読み上げられ、その淡々とした話しぶりを聞くにつけ「ああ、大佐だな」と誰しもが思った。
本日は連絡などで午前中終了、焼失した教科書の再配布で体育館からの運搬係を決めるなどした後。
「配布した資料の通り、明日から早速6時間目まである。気を抜くなよ。教室など学習に必要な場所からの再建になったため、購買部と学食が現在も工事中だ。よって昼食は弁当を持参するなど各自用意してもらいたい。季節柄食中毒には気を付けて欲しい。連絡はこんなところだが、何か質問は?」
手を挙げたのは野元亞里亞。紗々羅と同じギャル枠だがこちらはやや黒い系。
「さくらちゃんって、お昼はまたカロリーフレンドなん?」
「いや、明日からは弁当を持参する予定だ」
ざわめく2-B。
「え、さくらちゃんって料理できるん? お母さんが作るの?」
無慈悲のツッコミ係・柳下来千が容赦なくツッコんだ。
「君たち大概失礼だな。私だってするようになったんだぞ、料理。この休校期間の間に」
2-B教室、ざわめきを超え、どよめく。「あの大佐が…」との男子の声も混じる。
「ねぇ、それって花嫁修業のヤツー?」
言外の何かに勘付いた原田未久の問いに、さくらはわずかに詰まり視線が泳いだ。
「…そ、んなことないぞ」
――――その一瞬の戸惑いを見逃さなかった者が1名。伊東クリス。『秘密結社ラヴファインダー』(非公式な同好会ともいう)の一味。校内の「ラヴ」なできごとを嗅ぎつけては独自の情報網で急速に広める、恋バナ専用光回線という厄介な交友関係を持つ。風紀の桐谷の情報源でもある。
「さくらちゃんってば彼氏できたん?」
「違、そんなんじゃない!」
その言い淀みに続く無駄に強い反駁から「YES」と証明してしまったようなもの。逆に(図星かよ…)との驚きに静まり返る2-B。幸いクリスは空気が読めるので
「あ、はい」
それ以上の追求はしない。しかしながら放課後には情報はネットワークを駆け巡り、さまざまな推測(邪推とも言う)の結果、翌日の2-CのHRが長引くこととなった。
(周りがわかちゃか言ったらかえって意識しちゃって上手くいくものもいかなくなっちゃうと思うんだけどな)
と澪は思う。しかし彼女自身が空気読みのクリスに助けられていることは知らない。
◆
教科書の――――さくらが言うところの『受領』も終わり、本日は解散となった。となればかつてそうであった通り、澪は校長室へ赴いた。もちろん「大樹についての報告」をするためである。とはいえ今日は半ドンな上に大樹がおとなしかった。
「目立った異常行動もなく平穏無事。特に報告することはありません」
と、文弥へ笑顔で報告した。
「なるほど、了解した。いろいろあったが、彼も望陵に馴染んできている、ということかな。このまま何事もない日々が続くようなら、君の世話係も『解任』でいいかもしれんな」
「え…」
『解任』という言葉が澪の心に圧し掛かった。まるで「用済み」とでも言われたような…それに世話係として話しかけることは大樹とのコミュニケーションのきっかけでもあった。話しかけることを禁じられたような気さえする。日常の中に「あった」ものが「ない」。それは喪失感とも言い換えられよう。にわかに澪の顔が曇った。
「とはいえ、まだ見守る必要があるだろう。もうしばらくは世話係を頼むとするよ」
娘の気持ちを知ってか知らずか、文弥は笑顔でそう告げる。
わずかに俯いた澪の顔は梅雨明けの今の青空のごとく明るく晴れ上がり
「はいっ!」
と、文弥からの『要望』に元気な声で返した。
◆
校長室を出た澪はその足で風紀委員会へ向かう。これも再開初日ということで委員全員に召集が掛けられていた。
131教室の戸の前に来れば言い争いの声。すでに喧々囂々の大議論――――というわけではないことは声の主から澪にも分かった。
(はぁ…また桐谷君かぁ…)
「失礼します」
と戸を開ければ澪の想像通り、副委員長である三浦薫に桐谷が責められている、の図。例によって余計な一言を言ったことは間違いない。何しろ桐谷の『天敵』である三浦が激怒の大魔神と化しているのだから。だが桐谷の辞書に「懲りる」という言葉は無い。澪を見るなり
「よお澪チャン、久しぶり。魔力の成長、止まってない?」
その言外の意味を理解した澪。
「な…」
真っ赤になって絶句。
「桐谷ィィィィィィィィッ! アンタ、言うたそばから何しよっとォォォォォッ!」
澪の怒りの3倍は三浦が激怒してくれる。三浦は中1のときにこちらへ越してきた。神前望陵の中等部だったのだがそのまま廣塚望陵への転校が認められ、高等部へも持ち上がりとなっている。訛りはなかなか抜けないそうだ。
今日は澪が『巻き込まれ事故』に遭ったものの、これを初めて見た1年生、初めは驚いたものだが今ではもう慣れっこ。桐谷VS三浦の対戦は委員会内ではもはやレクリエーションとなっている。
「まぁまぁ、薫ちゃん、そのへんで。それじゃ全員揃ったから始めるね」
と、委員長の早乙女が仕切って止めるまでがワンセット。三浦は席に着くも怒り足りないのか腕を組んだまま憮然しているが。澪も席に着き、机の上に置かれたプリントを手に取る。
「まずはレジメの1番目、当番のシフトだけど、これは休校になった初日から起算して続きを明日からとしようと思うんだけど、何か不都合はあるかな? 部活とか塾とか習い事とか、みんな大丈夫かな?」
「大丈夫です」
「特に問題は」
「そう。都合の悪いところがあったら委員相互で話し合って、シフトを交換してください。一応決まったら私か薫ちゃんに報告してくださいね。それから2番目。これが今日の本題ね、『違法魔導』について。学校側から資料が渡されて、それが2枚目。見てくれるかな」
ホチキス止めされたプリントをめくると『違法魔導に関する注意喚起』と書かれた書類。
(これ、お父様が言っていたやつだ)
「最近多発している違法魔導を使った犯罪について。どうやら彼らはスマホのアプリを使っているらしいの。それで、学内でもそういうのを持っている生徒がいたら、ということで、持ち物検査的にスマホの中身を確認した方がいいのでは、というのが学校側からの提案なんだけど。これについて風紀委員みんなの意見を聞きたいわ」
すかさず挙手したのは3年の真田直哉。
「我々望陵学園生徒一同は自主自律をモットーとしている。スマホの中身まで覗き見るのはプライバシーの侵害と言えるし、何より生徒のみんなを信用していないとも取られかねない。検閲までとなると校則第18条に反することから、賛同はしかねるな」
真田は「生徒手帳に手足が生えている」と言われるほどの「校則オタク」。細かな規定までキッチリ覚えているのだ。
「早乙女先輩。この件、生徒会にも行っているのですか?」
落ち着いた口ぶりで質問するのは黒川悠斗、2年生。カッチリした優等生系で来年の委員長候補でもある。
「学校側からはそのように聞いているわ。だた現場で動くのは私たち風紀だから、こちらの意見も聞きたいということらしいの」
「なるほど」
「一度、生徒会主催で生徒総会みたいなのやって、全校生徒の意見を聞くというのはどうでしょう? 僕、一般入試だったから、そういうのまだ経験なくって」
1年生ながらも臆することなく発言するのは樋口耕一郎。真面目でシャキッとしてるけど、ちょっと不器用な努力型男子でもある。
「一般か持ち上がりかっていうのはあまり気にしなくていいんじゃない? 私らも臨時の生徒総会ってやったことないからちょうどいい機会だし。どうでしょう、涼先輩」
樋口に同調するのは2年の森本円香。昨年の『黒坂事件』のときには澪と一緒に見回りをしている。この時の経験が今に生きて、危険を理解できる冷静さを身に付けた。
「確かに、私たちだけの判断で、というわけにはいかない案件よね、これ。では、私たち風紀委員会の意見として、『臨時の生徒総会を開催する』という方向で生徒会の方へ働きかけてみます。こんなところでどうでしょう? 何か意見はありますか?」
早乙女からの問いかけに挙手も反論もなく――――と、そこへ1年の長谷美知留が口を開く。
「早乙女せんぱ~い。こういう違法魔導を使う人たちが、代之宮高校のヤツみたく攻めてきたら、どうするんでしょうかぁ?」
長谷は癒し系ゆるふわ少女。風紀委員会のマスコットのように思われがちだが、ふわっとしてるのに時々核心を突く天然由来の観察者でもある。そして長谷の発言は、当然その件の当事者である澪を揺さぶる。なにしろ「警察のお世話」になってきたばかりだ、澪は気配を消すかのように縮こまった。だがこれまた当然その件は委員長である早乙女の耳に入っているわけで、彼女はそれと澪を関連付けることなく、話を進めた。
「美知留ちゃんだけではなくて、ここで今一度全員で確認しておく必要があるんだけど、年度初めにも私から言った通り、望陵学園は生徒の自治が最優先。だから校内のトラブルは何であれ私たち風紀委員会の管轄ということになる。そして非公式ながら、美知留ちゃんが言うようなトラブルに関して先生方が手を下すようなことがあれば、それは警察沙汰と同じように扱われるの。それは避けたいから、先生方が出る前に、できるだけ私たちで解決しなければならないのよ。言うなれば風紀委員は望陵の防衛システムといったところね。美知留ちゃんはもちろんだけど他のみんなも、そういう事態になれば、もちろんならない方がいいんだけど、覚悟を決めて、でも冷静に対処してほしい」
いつになく冷静な早乙女の口ぶりに、長谷はもちろんのこと、委員全員が姿勢を正してそれを聞いていた。
◆
エンディング曲『おおきくなるみ』
https://x.com/HanashioKikei/status/2080624037781193157?s=20




