流通
ここから北西にある畑作の盛んな村、マゼンタ・フィールドに向けて乾いた街道を歩く三人。
旭がレオとエヴァに話しかけた。
「あの丸薬なんですけど……もし副反応とかが大丈夫そうだったら、皆が使えるようにしたらどうかと思うんです」
日本では薬の販売は国の認可が必要だった。
もし命に関わるような副反応が出たら……と考えると、許可も審査もない世界で個人が作った薬を広めるのは、本当は避けたほうがいいのかもしれない。
だが、あの戦闘時の一分一秒を争う状況を思い出すと、そうも言っていられなかった。
レオとエヴァの反応は正反対だった。
「バカ、やめろ」
「いいじゃない」
「「ん?」」
顔を見合わせる三人。
エヴァが眉をひそめてレオを見た。
「何でそんなこと言うのよ」
不機嫌そうなレオが答える。
「それはこっちのセリフだぜ。知識は財産だぞ。タダで配るつもりか?」
「お金のことなんて言うの?」
「金がなきゃどうやって生きていくんだよ」
火花が散りそうな二人に、旭はアワアワして割って入る。
「お、お金は大事です!今回の戦いでも必要でしたし……。でも高額にするつもりはないんです。皆が使えるようにするのが目的なので」
「……そうだな。だが安売りはタダと同じだぜ」
レオがふうっと息をつく。
エヴァが思案するように言った。
「……確かによく考えてみたら、旭の丸薬すごく効くから、市場に出したら一瞬で売り切れちゃいそうね。すぐに供給が需要に追い付かなくなるんじゃないかしら?」
旭は想像してゾッとする。
売り切れて「すぐに作ってくれ」と殺到する客。
乳鉢と乳棒で薬草を粉にし続ける自分。
考えるだけで手が痛くなってくる。
「私、そんなに作れませんよ……」
「……そうだな。こっちとしても非戦闘員が丸薬製造マシーンになっては困る」
丸薬製造マシーン。
レオが発した単語の恐ろしさに、旭は身体を震わせる。
エヴァが尋ねた。
「そもそも、どうやって売るの?私たちが売るんじゃ居るところでしか売れないし、魔王を倒す旅も滞っちゃうわ」
「あ、はい。それはギルドを通そうと思っていて」
「ああ、ギルドね」
この世界にギルドが存在すると知ったとき、旭は感動した。
(異世界ものには必須とも言える『ギルド』が、この世界にもあるなんて!)
今回利用したいと考えているのは商業ギルドだ。
丸薬のレシピをギルドに提供し、そこから各々で作ってもらえばどうかと思ったのだ。
「ただ、そうなるとお金はどうやって回収するかなんですよね。レシピ使用料として頂くにも基準が曖昧というか……具体的な数字の決め方が分からなくて」
「それなら」
レオが旭のほうを向く。
「そのレシピを使って丸薬を作り販売した場合に、その売上の一部が権利者であるあんたに入るようにしろ」
「なるほど!それなら皆に供給できるし、こちらもコンスタントにお金が入るというわけですね」
目を輝かせる旭に対し、エヴァは表情を曇らせる。
「でも……心配だわ。旭じゃない人が作ったものが販売されるってことでしょう?品質とかどうなのかしら。それで旭が苦情を言われたらイヤじゃない?」
「うーん、一応品質がバラバラにならないように、レシピには混ぜる回数や蜂蜜の温度まで詳細に書くつもりではいますが……」
腕を組んで唸る旭に、レオが言った。
「町に一人は薬師がいる。薬草や麻痺草、毒草などを扱うのが主な連中だがな。そういうやつにまず手本を見せてやって、そっからはそいつに手本になってもらえばいい」
「なるほど!デモンストレーションですね!」
旭がポンと手を打つ。
エヴァは不安顔のままだ。
「そう上手くいくかしら。普段草の状態でしか触っていないのに、粉末にしたりとか蜂蜜煮詰めたのと混ぜたりとかできるのかしら……」
「んー……」
そう言われると、旭も心配になってくる。
「こればっかりはやってみるしかねーだろ」
レオが冷静に言った。
「工程は難しくないんだろ」
「は、はい。私はそう思います……」
「この方法が成功しなきゃあんたが製造マシーンになるんだ。できるようになるまでとことん教えるしかねーな。これは必要なコストだ」
「そうですね……。それでできなそうだったら、また考えます」
「ああ」
旭は持っていた手帳にメモをする。
「とにかく方法はまとまったわね」
エヴァがにこっと笑った。
「それなら丸薬の商品名を決めなくちゃ。旭、どうするの?」
「えっ」
旭がたらりと汗をかく。
名付けは苦手だ。
頭を捻り、ウンウン唸り、やっとの思いで絞り出した。
「じゃあ……『薬草丸』で」
「ストレート!」
「もうちょっと捻んなくていーのかよ」
一生懸命考えた名前が不評で、旭は唇を尖らせる。
「こういうのは分かりやすいのが一番ですよ。ゴロもいいし」
「そうかしら?」
「お前のネーミングセンスが分かんねーよ……」
何はともあれ、販売方法が決定した。
◇◇◇
マゼンタ・フィールドの商業ギルド。
「……はい、承りました。名前は……『薬草丸』で宜しいですか?」
「はい」
「ではこちらに記入を」
またか。
次から次へと書類が出てきて旭は憂鬱になる。
書いてあることも小難しく、何のための書類なのかよく分からないものもある。
だが、少し離れたところにいるレオが黙っているので大丈夫なのだろう。
一応内容を確認して、記入していく。
「ありがとうございます。それではギルド各店舗でレシピを共有し、利用者から売上の一部を回収させていただきます。定期的にギルドに受け取りにいらしてください」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
旭は緊張しながらも手続きを終える。
事務手数料の支払いを終えたあと、言おうと決めていたことを口にした。
「あと、一つお願いがあって……」
「はい、何でしょう?」
「副反応……薬草丸を使って有害な作用が出なかったかも聞いてほしいんです。もし出た場合はどんなものだったか、経過はどうなっているかも」
「かしこまりました。それでは売上金受け取りの際に、そちらも報告させていただきます」
「ありがとうございます」
言いたかったことを無事に言えてふーっと息を吐く旭。
レオとエヴァのところに小走りで戻った。
「終わりました!」
「良かったわね」
笑顔で労ってくれるエヴァとは対照的に、レオはふっと小さく笑う。
「これで定期的な収入源ができたわけだ」
「ちょっと、これは旭のお金よ」
「分かってる」
「本当かしら?」
レオを睨み付けるエヴァに、旭はまあまあと声を掛ける。
「戦いに必要な資金は出させてもらいますから」
「そんなこと言ったらだめよ、旭!自分のお金なんだから大事にしなさい!」
「……それは俺も同意だぜ。あんたそんなあまっちょろいこと言ってると全部むしり取られるぞ」
人のことを心から心配してくれている様子の二人に、思わず頬が緩む。
「大丈夫です。分かってます。それに、私は自分の意志で提供したいんです。お二人が戦いで貢献してくれるように、私も薬草丸で貢献したい」
「……」
二人は無言だ。
旭は畳み掛けて言った。
「それに私、歳上ですから。大人ですから!任せてください」
胸を張りながら、旭は心の中で自虐した。
こんな何もできない自分が「大人」だなんて……。
現実では肝心なときに頭を下げることもできないダメ人間だ。
だが、この何かと助けてくれる二人に、自分も力になりたかった。
やがて、エヴァがくすりと笑った。
「分かったわ。ありがとう、旭」
レオはどこか申し訳なさそうに、目を伏せて言った。
「……助かる。支障のない範囲でいい。少し出してもらえるとありがたい」
逸らした視線が、レオの後ろめたさを物語っている。
まだ十七歳なんだからそんなこと気にしなくてもいいのに、と旭は胸を痛める。
わざと、いつもより明るく笑ってみせた。
「勿論です!」
だがこのとき旭はまだ知らなかった。
薬草丸が思わぬ波紋を呼ぶことを──。




