突破
(くっ……これはきついぜ)
レオの顔が歪む。
四天王ルビーの一撃は重く、先程は両手の短剣で受けることができたが二度目は無理だと思った。
今もなお両腕が痺れている。
(吹っ飛ばされたエヴァは無事か?)
ちらりとエヴァが突っ込んだ藪の方を見るが、動きはない。
たしかあの辺りには旭が隠れていたはずだ。
旭によって薬草が投与されていれば助かるだろうが、それでもすぐには動けない。
つまり、最悪の場合を考慮するならば、レオは一人でルビーに立ち向かわなければならないということだ。
(前衛なしでパワー系の敵に対峙するのは相性が悪すぎるが……やるしかない)
両手に短剣を構え、左手に魔力を集中させる。
「【旋風】」
左手に持っていた短剣が、風により弧を描いてルビーに向かう。
「ふんっ!」
だがその切っ先がルビーに届くことはなく、斧の一振りで叩き落とされた。
「想定内だぜ」
ルビーがハッと気がつくと、叩き落とした短剣の影から風の刃が迫っていた。
「【鎌風】」
「ぬうん!」
だがルビーは素早く身体を捻ると、斧の反動などないかのようにぶんっと振って見せた。
強靭な肉体にしか不可能な、力に物を言わせた大振りだ。
勢いよく空中を回った斧は、レオの【鎌風】を掻き消した。
「……マジかよ」
これにはレオも苦笑するしかない。
そのときだった。
「【蜻蛉の追走曲 (リベリュール・フーガ)】!」
「ぐわあっ!」
いつの間に現れたのか、素早く駆けてきたエヴァの鋭い突きがルビーの脇腹を貫いた。
レオがハッと目を見開く。
「お前……もう大丈夫なのか!?」
予想より随分早い。
薬草は効果発現するまでに十分はかかるはずだ。
そんなレオに、エヴァはにこっと笑って言った。
「旭のおかげよ」
「あいつの?どういうことだ」
「話は後。とりあえずちゃちゃっとこいつを片付けちゃいましょう」
「ぬう……舐めおって!」
脇腹から血を流しながらも、ルビーが斧を構える。
レオがその様子を見ながら、エヴァに囁いた。
「怪我は大丈夫なんだな」
「ええ、全快よ」
「それならオレに考えがある」
エヴァが回り込むように走ってルビーに接近した。
その速度は目で追えないほどだ。
レオの風魔法【疾風】が乗っている。
「【蜜蜂の円舞曲 (ウナベイユ・ワルツ)バージョン・アレグロ】!」
高速で駆け回るエヴァが、ひらりひらりとルビーの目を翻弄する。
「二度目は通用せんぞ!」
不規則に移動するエヴァを、ルビーの斧が追った。
エヴァも斧も尋常ではない速さで動いていて、傍目では何が起こっているのか分からないほどだ。
ドゴン、ドゴンと地面の陥没だけが増えていく。
レイピアの鋭い突きと斧の振りが交錯して、その場に熱を帯びる。
──だから、ルビーは気付かなかった。
「背中がお留守だぜ」
【疾風】で音もなくルビーの背後に近づいていたレオ。
近距離から思いっきり水の魔石を投げつけようと腕を振りかぶった。
しかし、投げることはできなかった。
斧がレオに向かって飛んできたからだ。
「図に乗るでない!」
「【旋風】!」
自分の身体を風で回転させることで、すんでのところで躱す。
斧は空中をバトンのように回転して、ルビーの手に戻っていった。
そしてその勢いのまま、今度はエヴァに向かって振り抜く。
「ぬうん!」
「きゃっ!」
斧の刃がエヴァの太ももの表面をかすった。
パッと鮮血が散る。
(……アレグロに追い付いている)
冷静に状況判断し、すぐさま対策を考えるレオ。
(もう背後をとるのは無理だ。ならば……)
一瞬、レオとエヴァの視線が交錯する。
「あんたならできるって信じてるぜ」
レオは、手に持った魔石を……エヴァに向かって投げた。
投げられたその魔石を、ルビーは認識した。
「水の魔石か!考えたのう」
ルビーはその魔石に触れずに身体を引いて避ける。
魔石は衝撃を受けると反応する。
受け止めようとして触れた時点で水魔法が発動してしまうので、避けるのは正しい判断だ。
投げられた魔石はまっすぐにエヴァに向かう。
このままエヴァが触れれば、水魔法を浴びるのはエヴァになってしまう。
「作戦失敗か?はっはっは、残念だったなあ!」
ルビーが高笑いをする。
だが、この戦いを見ていた旭には分かった。
作戦は、失敗していない。
エヴァは……レイピアを構えた。
「信じてくれてありがとう、レオ」
右手を素早く捻りながら突き出した。
「【蜻蛉の追走曲 (リベリュール・フーガ)】!」
レイピアの切っ先が鋭く魔石を突く。
刺した瞬間、魔石は弾丸のように跳ね返った。
魔石が一直線にルビーに向かう。
時間差で、衝撃が魔石を伝った。
魔石がルビーの身体に当たる寸前で弾ける。
直後、中から大量の水が吹き出した。
──一瞬、時が止まったかのようだった。
「ぐわああーーっ!」
弱点の水魔法を大量に浴びたルビーが、堪らず悲鳴を上げる。
がくりと左膝をつくが、倒れはしなかった。
──四天王の意地で踏ん張っている。
「ここで……終わるものかあーーっ!」
ぶんっと斧を勢いよく振るう。
レオは素早く頭を後ろに引いて、間一髪避けた。
切られたレオの髪が数本宙を舞う。
(弱点食らってこれかよ。バケモンじゃねーか)
内心冷や汗をかくレオ。
だが、ルビーに斧の遠心力に耐える力は残っていなかったようで、手から斧がすっぽ抜けて飛んでいった。
ずしん、と斧が地面に落ちるのと同時だった。
ルビーが最期の足掻きのように、ぐわっと手を伸ばしてレオに掴みかかろうとする。
あの重い斧を自由自在に振り回す手に掴まれたら終わりだ。
レオは必死に身体をのけ反らせる。
その時だった。
「はっ!」
必死で駆けてきたエヴァの鋭い突きが、ルビーの身体の中心を貫く。
「ぐ……あ……」
筋骨隆々の身体が崩れ、ばたりと倒れた。
ルビーが震える手を宙に伸ばしながら、途切れ途切れの声で言う。
「わ……我輩を倒しても……四天王はあと三人……」
レオは横たわったルビーを見下ろしながら、重く答えた。
「分かってるさ」
ルビーの肉体が、崩れながら淡く赤く発光する。
「魔王様……我輩は……」
さあっと静かに吹いた風と共に、ルビーの身体は塵となって消えた。
◇◇◇
……ルビーが瞼を閉じる寸前、目が合った気がした。
まるでこちらを見透かすような目線。
死に際とは思えない鋭い眼差し。
なぜか目を逸らせなかった。
藪の中で、旭は人知れず身体を震わせる。
「もう出てきても大丈夫よ」
エヴァの声かけに、隠れていた旭が出てきた。
「……勝ったんですか?」
「ええ」
「すごい……」
あんな強大な敵をたった二人で倒すとは。
隠れることしか出来なかった旭は心から感嘆する。
恐怖でずっと息を張り詰めていたが、ルビーが消えたという実感が湧き、やっと息をつくことができた。
そんな旭にエヴァが笑いかける。
「旭、あなたのおかげよ」
旭は驚いて瞠目した。
「えっ!?何でですか?」
「あの薬に決まってるじゃない。いつの間にあんなにすごいもの作ったの?」
「ああ……あれ……」
旭が困ったように視線を下げる。
「そんなにすごいものではないですよ……。薬草を乾燥させて粉にして、蜂蜜を煮詰めたものと混ぜて丸めただけです」
「……この間鍋を貸してくれって言ったのはそれか」
レオが、ルビー戦の前、資金集めをしていた時に旭に頼まれたのを思い出す。
「はい。乳鉢と乳棒で粉状に挽くのは苦労しましたが、上手くいって良かったです」
「言ってくれたら手伝ったのに」
「そんな!モンスター狩りをしてくださっているのに申し訳ないですよ」
眉尻を下げるエヴァに、旭が慌てて両手を振った。
エヴァがそれにしても、と続けて言う。
「あれ、飲まないで舌の裏側に入れてって言ってたけど、どうしてなの?」
「直接飲むより吸収が早いのと、分解されにくいので効きやすいんですよ。舌下錠というのがあってですね……」
「落ち着け」
「ハッ」
レオに止められて慌てて口を閉じる。
(いかんいかん、オタク語りをするところだった)
長文語りを止めてくれる常識人は貴重だ。
心の中でレオに感謝する。
「ごほん。……舌下錠というのがあるのですが、私が作ったのはそれじゃないです。緊急事態だったので一か八かで舌下にしましたが、次からは普通に飲んだほうがいいかもしれないですね」
「ふぅん、そうなのね」
エヴァが興味深そうに頷く。
レオが冷静に尋ねた。
「劇的に速く効いたのは舌下吸収だったからか?」
「分かりません。全く関係ないとは言えませんが……」
もともとの薬草の効果発現が早く、日本の錠剤が三十分かかるところ、この世界の薬草は十分で効く。
舌下投与だったからという理由だけでなく、薬草のポテンシャルによるものもあるかもしれない。
「そうか。副反応等の影響も含めて今後検証が必要だな」
「はい」
レオが何かを言いかけて、口を閉じる。
それから、ぽつりと言った。
「……助かった」
「!」
レオの言葉に、ハッと瞠目した。
(今……お礼を言われた?)
旭の頬がじんわりと熱くなる。
トクン、トクンと心臓の音が聞こえる。
レオにはずっと非戦闘員呼びをされているが、それはその通りなので特段何も思わなかった。
だが今、自分の感情を素直に言うことの少ないレオから「非戦闘員なりの戦い方」を認められたような気がする。
役立たずだと思っていた自分がちゃんとパーティーの一員になれたような気がして、何だか泣きそうになった。
ふと、旭はあるものに気がついた。
ルビーの身体があったところ……塵となって消えてしまったが、そこに、片手ほどの大きさの真っ赤な宝石が転がっていた。
キラキラとした美しさに目を奪われて、旭が駆け寄る。
「わあ!何ですかこれ?」
「魔石だ」
「魔石?」
旭がレオを見て首を捻る。
店に並んでいた魔石は、魔法が入っていないものは透明で、大きさも小石程度だった。
こんなに大きな、そして発色の良い魔石は見たことがない。
それになぜこんなところに転がっているのか。
レオが淡々と言った。
「魔物は倒すと核となっている魔石が現れる。魔物の格が高くなると魔石も希少なものが採れるようになる」
「なるほど……。ということはこれは、四天王の魔石でとても貴重なものということですね?」
「そうだ」
だがそう言う割にはレオは魔石に興味がなさそうで、さっさとその場を後にしようとしている。
旭は気になって聞いてみた。
「この魔石、回収しないんですか?」
「回収?」
レオが眉間にシワを寄せる。
「そんなもの回収しても、この辺じゃ換金できるところはない。価値はあるが邪魔だ」
その言葉に旭は衝撃を受けた。
邪魔だからといってこんなに貴重なものを置いていけるレオの無欲さに感服する。
「でも、こういうのは回収するものだと相場が決まってますよ」
何と言っても四天王の魔石だ。
今後何かに使う伏線になるかもしれない。
だがレオは「何を言ってるんだ」と言わんばかりに顔をしかめた。
「どこの相場だ」
「えっと……私の……」
「……」
レオは目を細めたままだが、未来予知を持っている旭が言うことなので黙っている。
やがて諦めたように言い捨てた。
「好きにしろ」
「はい!じゃあ持っていきます!」
「本当に持ってくのか……」
レオがげんなりした顔をしているが無視だ。
魔石を手に取る。
その赤は、まるでまだ脈打っているかのようだった。
それを旭は慎重に通勤バッグに入れたが、少し重い。
……これが、四天王を倒した証の重み。
魔物を倒すと出てくる魔石だなんてファンタジーだが、この重さは現実だ。
ずっとバッグを肩に掛けていたらその肩だけ痛くなりそうだ。
町に戻ったらリュックを買おうと考える。
そんなことをしながら、旭はふと思い出した。
(そういえば、原作でもレオが四天王の魔石を回収した描写はなかったな……)
描写されていない部分にこんな事情があったとは、異世界転生してみるものだ。
旭が魔石を詰め終わったのを見て、エヴァが声を掛けた。
「それじゃ、クリムゾンに戻って休みましょう。ちょっと疲れちゃった」
「そうだな。今後の方針も決めるぞ」
「はい!」
三人は、マウント・クリムゾン・タウンに向けて紅山を下りていく。
「ふふ……」
ふと、遠くで誰かの笑い声が聞こえたような気がして旭は振り返った。
だが後ろには誰もいない。
旭の背筋に冷たいものが走る。
「どうしたの?」
エヴァに声を掛けられ、旭は慌てて前を向いた。
「いや、何でもないです」
今度こそ、山道を下りていった。




