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丸剤

レオ、旭、エヴァの三人は紅山のふもとまで来た。

レオが後ろの二人を振り返り、声を潜める。


「いよいよ第一の四天王、ルビーのテリトリーに入る」

「はい」

「ええ」


旭はごくりと唾を呑み込む。

……とうとうこの時が来たのだ。


四天王は魔王の側近とも呼べる実力者集団。

闇雲に突っ込んでは命がいくつあっても足りない。

地道なレベル上げと綿密な作戦、入念な準備が要となる。


レオは旭に視線を向けた。


「非戦闘員。お前の未来予知の情報では、奴の弱点は水魔法とのことだったな」

「はい。ルビーは四天王の中では武闘派の斧使い。肉体美が自慢ですが水魔法が苦手です」


エヴァが困ったように眉尻を下げる。


「でも、私たちに水魔法を使える者はいないでしょう?どうするの?」

「そこでこれだ」


レオが斜め掛けにしたボディバッグから、水色に光る小さな石を取り出した。

旭は思わず感嘆の声を上げる。

その石はキラキラと輝いて、まるで宝石のように美しかった。

だがまさか宝石が切り札にはならないだろうし、これが何なのか分からない。


「レオさん、これ何ですか?」

「水魔法が込められた魔石だ。これを投げて衝撃を与えることで擬似的に水魔法が使える。ただし高価なので一個しか買えなかった」

「チャンスは一度きり、ということね」


エヴァが言いながら頷く。

旭は遠くを見つめるような眼差しで、これまでの道中を思い返した。


「ここまでモンスター狩りや薬草摘みをして資金集めを頑張りましたが、大金にはなりませんでしたね……」

「他に装備品なども買ったからな。仕方がない」

「でも旭はヤクザイシ?というだけあって、薬草を見分けるのすごく早かったわね。助かったわ」


エヴァの言葉に、旭は慌てたように両手を振った。


「いえ、そんな!私は戦闘ができないから……。お二人のモンスター狩りも素晴らしかったです」

「ふふ、ありがとう」


旭とエヴァが互いに褒めあっていると、レオが咳払いをする。


「とにかくだ。作戦としては奴の間合いになるべく入らないようにしながら攻撃を続け、魔石を投げるチャンスを作る。奴の一撃は重いから食らわないように気を付けろ」

「分かったわ」


レオの言葉に、剣士であるエヴァが答える。

自分にも指示があるだろうかと旭がレオをじっと見ると、レオが目線を重ねて言った。


「非戦闘員は見つからないように隠れてろ」

「はい!」


旭は大きな声で敬礼した。


◇◇◇


「ぬう?人間の匂いがする。はて、我輩がこの山に住んでから、ここに近寄る命知らずの人間はめっきりいなくなったはず……。ということは……やっと来たか、勇者よ!」

「待たせたな。邪魔するぜ」


紅山の頂上にて、勇者レオと剣士エヴァが姿を見せる。

対峙する四天王、ルビーは赤い巨体を持った男性型の魔族だった。

腕、腹、足に至るまで筋肉が鍛え上げられ、盛り上がっている。


「人間どもの間で勇者が召喚されたと聞いてから、この時をどれほど待ったことか。ああ……早く戦いたくて筋肉が疼くわい」

「それじゃ、早速始めようか」

「応。いざ……殺し合いをな!」


ルビーが雄叫びを上げる。

ビリビリとした震動が山全体を覆った。

こっそり藪に隠れていた旭は、その咆哮の強さに身体が麻痺する。


(さ、叫んだだけなのに、動けない。これが四天王……!)


旭の喉が急にカラカラになった。

手が、足が、震える。

心臓がドクドクと早鐘を打つ。

呼吸が浅く、短くなる。

……恐怖だ。


レオとエヴァは無事だろうか。

若いあの二人は、怯まずに向かい合えているだろうか。

旭のように動けなくなっていたら危険だ。


旭はそっと、藪の隙間から気配を伺う。

そして驚いた。

レオとエヴァは、恐れるどころか果敢にルビーに挑んでいた。


(二人とも、すごい……!)


旭はその光景から目が離せなくなる。



エヴァが素早くルビーに近づく。

ルビーが斧を振り下ろす前に躱し、突きを繰り出す。

その動きはさながら踊っているかのようだ。


「【蜜蜂の円舞曲 (ウナベイユ・ワルツ)】!」

「ぬうっ!ちょこまかと!」


ルビーはブンブンと勢いよく斧を振り回す。

バトントワリングのバトンのように自由自在だ。

エヴァはひらりひらりと躱しているが、斧が地面に当たる度に大きな陥没ができている。

まともに食らったらただでは済まないだろう。


そしてそんなエヴァを後方からレオの風魔法が支援していた。

エヴァには追い風を、ルビーには向かい風を当てて動きをコントロールしている。

ルビーが大振りでエヴァを狙ったとき、レオの鋭い風がルビーの右目を襲った。


「【鎌風】」

「ぬおっ!」


スパッと切れたルビーの目元から鮮血が散り、視界を奪う。

一瞬反応が遅れたルビーを、風に乗ったレオの短剣が追撃した。

死角からの攻撃に、ルビーはギリギリながらも斧の柄で対応する。


「ぐうっ、勇者、卑怯なり!」

「戦いに卑怯もクソもあるかよ」


短剣を風に乗せて回収しながらレオが言う。

勇者らしからぬ発言ではあるが、二人ともルビー相手に互角に戦っている。


エヴァがルビーの懐に入り、渾身の一撃を放った。

決定打となり得る一突きだ。


(すごい、これなら勝てるかも……)


旭がそう思ったときだった。


「ふふふ……はぁーっはっは!やはり戦いはこうでなくては!」


そう叫ぶと、ルビーはカッと目を見開いた。

ぼこっと、すでに盛り上がっているルビーの筋肉がさらに膨張する。

ざわざわと木々が揺れる。

……ルビーの魔力に、山が鳴動している。

遠くで見ているだけの旭の身体が、地面に押し付けられるような心地がした。


「勇者とその仲間よ……強さを追い求める我輩を認めてくださった魔王様のためだ。本気でいかせてもらうぞ」


エヴァの切っ先がルビーの脇腹に届く寸前まで来ている。

直後、何かが旭の頬を掠めた。


ドゴーン!!


「うわっ!」


突如発生した風圧で旭の身体が勢いよく転がる。


「いて……な、何が……」


旭が身を起こすと……そこには、吹き飛ばされて、抉れた地面の上に横たわったエヴァがいた。

衝撃の強さで倒れた木が、一緒に転がっている。


「うっ……」

「エヴァ!」


旭は慌ててエヴァのもとに駆け寄る。

幸いルビーはそれに気付いていない。


(何が起こったの!?)


先程ルビーは「本気でいく」と言った後、激しい雄叫びを上げた。

その次の瞬間、エヴァの姿が消えた。


エヴァが頭から血を流している。


「エヴァ、エヴァ!」

「……旭……。薬草……」


エヴァが息も絶え絶えに訴える。

旭は以前レオと交わした会話を思い出していた。


『薬草、十分で効くんですね。早いですね』

『何言ってんだ、遅いだろ。戦場において十分は命取りだ』


今なら分かる。

十分は遅い。


効果が出るまでに三十分かかる日本の錠剤と比べて早いと思っていたが、この状況で十分は長すぎる。

ルビーは狂戦士のごとく暴れ回り、それにレオはたった一人で向かい合っている。

エヴァが戻らなければ水の魔石も投げられない。

──絶望が、心の縁を掠める。

怖い。逃げたい。


(いや、そんなことを考えてはダメ。二人とも命を張って頑張っている)


旭はブンブンと首を横に振った。


逃げてばかりじゃだめだ。

エヴァを、レオを助けたい。

力になりたい。


旭は自分の通勤バッグを漁り、中から……薬草ではなく、茶色の小さな丸剤を取り出した。


……これを渡していいか一瞬悩んだ。

材料などは比較的安全なものを使用した。

だが、まだ臨床試験をしていない。

恐ろしいのは、予期せぬ副反応が起こることだ。

薬草は体力、傷だけでなく魔力も回復させると聞いた。

吸収効率が高まったことで、魔力暴走が起こるかもしれない。

でも……可能性はこれしかない。


遠くで金属音が聞こえる。

レオの短剣が、ルビーの斧と接触した音だ。

後衛のレオがルビーに接近されている。

……時間がない。


もし失敗したら……そんな未来には、させたくない。

祈るように、丸剤をきゅっと握る。

旭は顔を上げた。


「エヴァ、これを。舌の裏側に入れてください」

「えっ……?」

「信じて」


信じてほしい、という言葉は旭にとってとても重い言葉だった。

──それは、大変な勇気と力を要する。


信じて、という声は震えた。

エヴァが何と言うか、堪らなく怖かった。


エヴァは暫し目を大きく開けて旭のことを見ていたが、やがて、いつものように微笑んだ。


「分かったわ。信じる」

「あ……」


旭は胸が詰まって何も言えなくなる。

それは、嬉しさと恐怖。

エヴァは信じると言ってくれた。

だが、服用して……失敗したらどうなる?

今もらった『信じる』という言葉は、粉々に砕けて消えてしまうのではないか。


知らず知らずのうちに手が震える旭。

そんな旭の葛藤など知らず、エヴァは躊躇いなく旭の手から丸剤を受け取ると、舌の下に置いた。


「それで?置いたらどうしたらいいの?」

「少し待ってみてください。そしたら丸剤が……」

「!」


旭の説明の最中、エヴァが瞠目した。

その様子に旭の緊張が高まる。


レオとルビーの激しい剣戟の音が聞こえる。

舌の裏側に挟んだ丸薬は、じんわりと唾液に溶け込んであっという間に消えた。


ドクン、とエヴァの鼓動が強く跳ねる。


「……身体が、熱い……」

「えっ!?」


旭の顔がサッと青ざめる。

直後、エヴァはある異変に気付いた。

これは薬草が効いてきたときと同じ反応。

傷口がほんのり温かくなってきて、その熱が去ると共に傷が治癒する。


身体が、痛くない。

もう、傷が塞がっている。

額から流れていた血が止まっている。


吸収と効果発現の早さに、エヴァは驚愕した。


「どっ……どうして!?これは一体……」


薬草より服用しやすく、薬草より早い。

今自分が口にしたものは何なのか。

目の前の旭の肩をガッと掴むと、旭が気まずそうに言った。


「……私が作りました」

「つ……作った……!?」

「はい。薬草から。漢方の丸剤と舌下錠の応用ですね」

「……」


エヴァは目を見開いて旭を凝視することしかできなかった。

こんな薬、いや、他の治療も含めて見たことも聞いたこともない。

だが旭はその自覚があるのかないのか、違うことをエヴァに尋ねてくる。


「痛みはないですか。気持ち悪さは?めまいは?」

「……ないわ……」

「良かった。とりあえず副反応は大丈夫そうですね。ただ、薬草と同じくこれは応急処置に過ぎません。無理はしないでください」


そこでエヴァはハッとする。

そうだ、今は戦闘の真っ最中だった。

聞きたいことは山ほどあるが、それは、この戦いが終わってからだ。


エヴァは先ほどまでの大ケガが嘘のように、すくっと立ち上がる。


「ありがとう、旭。私、戻るわ。聞きたいことたくさんあるから、終わったら覚悟しておいてね」

「うっ……お、お手柔らかにお願いします……」


エヴァはにこっと笑うと、戦場に駆け出していった。

その背中を見送りながら、旭はまだ震えている手をそっと握りしめる。

だがその震えは、先ほどより小さくなっていた。

……ほんの少しだけ、胸を張れる気がした。

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