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仲間

全身が見えない羽根に包まれているかのようだ。

空中を高速移動する足元には何も見えないが、まるで不安定感がない。

全身を切る風は冷たくて鋭いはずなのに、不思議とどこか暖かかった。

レオが皆を逃がすために造り出した魔法の風だからだろうか。


やがて風が柔らかく地面に舞い降り、一同はふわりと足を下ろす。

レオの生み出した風によって、四人は町のはずれまで運ばれて来た。

体験したことのない心地に、旭はほうと息を吐いた。


「すごい。こんな一瞬で遠くまで……」


先程まで騒動の中にいたのに、次の瞬間には知らない場所だ。

この世界に来てから初めて触れた、不可能を可能とする『魔法』という存在に、旭は胸が高鳴った。


だがレオはその感想には興味のない様子で、くるりとスザンナを振り返る。


「おい、あんたの家はどこだ」


見ると、スザンナはつらそうに肩で呼吸をしている。

早く家に帰して休ませてあげたほうがいいだろう。


「ちょうどこの近くよ……」

「私、家知ってる。スザンナさんを送っていくわ」

「あ、私も行きます」


エヴァが手を挙げると、旭もそれに続く。


(女性一人じゃ、人を運ぶのは大変だよね)


四人でスザンナの家まで行き、スザンナをベッドに横たえると、三人はそっと家の外に出た。

少し歩いたところでエヴァがくるりと振り返り、旭とレオに頭を下げる。


「二人とも、本当にありがとう。助かったわ」

「いえ、そんな。とんでもない」

「……」


自分は本当に役に立ったのだろうか、礼を言われるほどのことができただろうかと頭の中で自問自答する旭。

一方レオは、無言でエヴァを見つめている。

エヴァはそんな二人に穏やかに微笑んだ。


「スザンナさんは、普段良くしてくれているご近所さんなの。スザンナさんを助けてあげられて良かった。何かお礼ができないかしら」

「えっお礼!?そんな、お気になさらず!」


旭が驚いて両手をブンブンと振る。

こちらが勝手に動いただけだ。

お礼だなんて、逆に申し訳ない。

レオは暫く黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「……お前、剣士か?」

「えっ?」


レオのその問いに、旭がエヴァの腰まわりを見る。

そこには確かに細身の剣が携えられていた。

その視線に気づいたように、エヴァがにこりと笑って答える。


「そうよ。レイピアを使うの。魔法はからっきしだけど、剣には少し自信があるわ」

「そうなんですね」


旭は心の奥でしくりと鳴る音を聞く。


(剣が使えるんだ。いいな……)


剣も魔法も使えない旭は、戦闘において足手まといだ。

レイピアを腰に下げて堂々としているエヴァが、少し羨ましい。


「へえ……」


レオの口角がすっと上がる。

その表情を疑問と共に見ていた旭だったが、やがてハッと何かに気がつくと、レオにだけ聞こえるようにヒソヒソと囁いた。


「この子をスカウトするんですか!?」

「お人好しで行動力のある前衛。まさにだろ。何か礼をって向こうから言ってんだからいただこうぜ」

「言い方が悪いですよ。……なら、レオさんの正体を明かしてもいいんですね?」


その言葉にレオは一瞬動きを止めたが、小さくため息を吐くと頷いた。


「……ああ」

「分かりました。それでは、お願いします」

「は?」


旭とレオは互いに顔を見合わせてきょとんとする。


「何か?」

「いや、お前が交渉するんじゃねーのかよ」

「えっ!いや、私にはとてもとても……。未来予知だったらお任せあれなんですが、これは私の苦手分野なので……。どうぞお任せします」

「苦手分野だあ?ワケ分かんねえな」


文句を言いながらも、レオはエヴァに向き合う。


「あんたに一つ話がある」

「何かしら?」


一度目を瞑ってから、レオは言った。


「オレは勇者だ」

「……!」


エヴァが瞠目する。大層驚いているようだ。


無理もない。

勇者が冷遇されるこの国で、勇者は勇者と名乗らなくなった。

勇者が召喚されたという情報は耳にしていても、目にすることなどなかっただろう。


「オレたちは共に魔王討伐をする前衛職の仲間を探している。……あんたさえ良ければ、一緒に来てほしい」


エヴァの頬を、汗が一筋伝う。


「私が……魔王討伐に……?」


これまでハキハキと話していたエヴァの声が掠れた。

……逡巡している様子だ。


(そうだよね。魔王討伐は命懸け……。剣の腕に自信があっても危険なことには変わりない)


旭は事を見守りながら心の中で思う。


それに、勇者は金食い虫として国民から冷たく扱われている。

その勇者一行に加わるとなれば、エヴァも白い目で見られることになるだろう。


(……来て、くれるかな)


来るかどうかの選択はエヴァの自由だ。

だが本音を言えば、旭はどうしてもエヴァに来てほしかった。

……レオには、仲間が必要なのだ。


たった一人で魔王に立ち向かい、血に濡れながら、誰にも知られず崩れ落ちたレオ。

あのシーンは何度思い出しても胸が痛む。

そのバッドエンドから逃れるためには、仲間の獲得は必須条件だ。

そして何より……レオに孤独な旅をしてほしくない。


「……私からもお願いします」


気付けば、旭は口を開いていた。

レオが少し驚いたように、ちらりと目線だけで旭を見る。



エヴァは黙っていた。

この旅が大変なものになるであろうことは、容易に想像できた。

エヴァが参加しなくてもレオたちは魔王討伐に向かう。

いつか魔王が倒されるのであれば、わざわざ己の身を危険に曝す必要もないように思えた。


(……だけど、私には守りたいものがある)


スザンナを含めたご近所さん、活気のある町、平穏な暮らし。

そして自分を助けてくれたレオと旭。

短時間の邂逅で感じられた彼らの人柄、誠実さが、信頼となってエヴァの胸に芽生えていた。



「条件があれば言え。なるべく善処する」


レオの言葉にエヴァは微笑んだ。

きゅっとレイピアの柄を握ると、緩く首を横に振る。


「条件だなんて……ないわ。適度な休息と食事が貰えれば十分。私も一緒に行く」


覚悟を決めた声ではっきりと告げたエヴァ。

その返事に、旭が歓喜の声を上げた。


「本当ですか!?」

「ええ。言ったでしょう、お礼がしたいって。あなたたちは私を助けてくれた。今度は私の番。まあ……さすがに魔王討伐になるとは思っていなかったけど」

「やったー!ありがとうございます」


パチパチと手を叩く旭。

レオに旅の道連れができたことが嬉しくて堪らない。

レオはふん、と小さく鼻を鳴らした。

その態度が、この結果に満足しているように旭には見えた。



旭は張り切って新しい仲間に自分たちの紹介をした。


「改めまして、私は樋田旭です。旭と呼んでください。歳は二十九です。こちらはレオ。歳は……」

「……十七」

「あら、じゃあ私と同じね。私も十七よ」


(二人とも若いな……)


一回りも歳が違うことを知り、衝撃で固まってしまう旭。

年下の二人に守られながらする旅を思って、ちくりと情けない気持ちになる。


(これでも社会人として生きてきたのに、学生の歳の子たちに庇われるなんて……)


そんな気分を振り払うように、旭は別のことを考えた。


「エヴァさん」

「エヴァでいいわ。堅苦しいのは苦手なの。私も旭って呼ばせてほしい」

「え……あ、分かりました」


ゴホン、と咳払いをする旭。


「それじゃ、エヴァ。私は役立たずなので守られることが多いかと思いますが、その分他のことでお力になれたらいいなと思っています。よろしくお願いします」


言わなくてもいい卑下まで出た。

口が勝手に動くのだから仕方がない。

エヴァが首を傾げる。


「役立たず?」


レオが親指で旭を指しながら答えた。


「こいつは非戦闘員なんだよ」

「ああ!そういうことね」


合点がいった様子のエヴァ。

すぐににっこりと笑顔で旭に言った。


「あなたは役立たずなんかじゃないわよ」

「え……え?」


出会ったばかりのエヴァに即座に否定されて困惑する旭。


(なんでそんなに自信満々に断言できるんだろう?)


だが、旭の薬剤師としての対応と勇気を見ていたエヴァは、そんな旭を見て微笑むだけだった。


「これから楽しい旅になりそう。どうぞよろしくね」


旭の戸惑いはそのままに、三人は新たな道へと歩みだす。

頬を撫でた風にレオは一瞬後ろを見るが、またすぐに正面を向く。

揺るがない視線。

そのまま、もう振り返ることはしなかった。

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