新天地
紅山のふもとの町、マウント・クリムゾン・タウン。
レオは後ろからついてきている旭を振り返らずに言った。
「じゃあここで必要な物を買い足すぞ」
「はい。それと、あと一つ大事なことがあります」
「何だよ」
旭は、絶対にこの提案をレオにしなければならないと思っていた。
「仲間を見つけましょう」
「……」
レオが渋い顔をする。
「レオさんは短剣も使えますけど、基本的には魔法使いですよね?前衛がいないのはこの先つらいです」
「……分かってる。オレが王都で見つけようとしなかったとでも思ってんのか」
「いいえ。分かってます。見つけられなかった理由」
旭は原作を思い出す。
『果ての秘宝』の中で、勇者であるレオは貴族には道具扱い、平民には邪魔者扱いされていた。
また、魔王側も勇者が仲間を見つけられないように、仲間になろうとする者を攻撃するなどして妨害していた。
レオ自身が口下手なのもあって、ここまで仲間を得られなかったのだ。
旭は努めて明るく、レオを励ますように言った。
「でも大丈夫です!私という仲間ができたんですから。もう一人くらい変わった人が見つかりますよ」
「お前は転生者だろ……。あと『変わった』って言うな」
呆れと怒りが混ざったようなため息を吐くレオ。
だがすぐに気がついたように尋ねた。
「そうだ、今こそ未来予知使えよ。どこに行けば仲間ができる?」
「あっ、えっと、そういうのは分からなくて……」
「チッ、役に立たねーな」
「うっ……」
言葉がグサッと胸に刺さって項垂れる旭。
だがレオは気にする様子はなく、一つの店に近づくと、サクサクと旭に説明を始めた。
「いいか、このへんが武器。あんたは非戦闘員だが短剣くらいは持ってろ。で、こっちが回復の薬草」
「ポーションとかはないんですか?」
異世界といえば瓶のような容器にピンクや紫といった液体が入った、飲む薬のイメージだが。
「液状の回復薬だろ。この世界にはない」
「ないんですか?薬草だけ?」
「薬草だけだ」
薬草をまじまじと見る旭。
見た目は完全に野草だ。
回復薬がこれだけ……?
「どうやって使うんですか?」
「食べる」
「食べる……?このまま?」
「このままだ」
何ということだ。
旭は手で扇いで薬草の匂いを嗅ぐ。
匂いも完全に野草だ。
……美味しくないのではないだろうか。
「……食べてからどれくらいで効くんですか?」
「十分くらいだ」
「へえ、早いですね」
効果発現時間が短いのは意外だった。
日本の一般的な錠剤は短いものでも効果が出るまでに三十分くらいかかる。
薬草を食べるなんてもっと時間がかかるのではないかと思ったが、まさか錠剤より早いとは。
だが旭の返事に、レオは信じられないといった顔をした。
「何言ってんだ、遅いだろ。戦闘中の怪我で素早く回復したいときに十分はネックだ」
「ああ……なるほど」
平時なら問題ないが、戦闘中では命取りということだろう。
何かいい方法はないだろうかと旭が考えを巡らせていると、ふと、近くで何か騒いでいるような声が聞こえた。
「何でしょう?」
「あれだな」
レオの視線の先を見ると、そこには三人の人物がいた。
具合が悪そうな女性とそれを支える金髪のポニーテールの少女、そして向かい合うのは恰幅のいい、店側に立っている男性。
少女が必死に声を張り上げている。
「こんなに具合が悪そうにしているのよ。何とか支払いは待ってもらえないの?」
「ダメだ。薬草をタダでなんかやれるかよ。欲しけりゃ金を持ってきな」
どうやら、女性の具合が悪いので薬草が欲しいが、手持ちがないために買えないようだ。
この世界には後払いやクレジットカードなどは存在しないのだろうか。
少女は懸命に食い下がる。
「具合が悪いから働きに行けないのよ。元気になったら働いてお金を持ってくると言っているわ」
「話にならねえ。必ず持ってくるという保証がどこにある」
「そんな……」
ゲホッ、ゲホッと激しく咳き込む女性と、困ったように眉尻を下げる少女。
この一連の騒ぎを見ていた旭の胸がドクン、ドクンと早鐘を打った。
……自分なら、あの女性を助けられるかもしれない。
見に行ってあげたい気もするが、大勢の注目が集まる中、あそこに飛び込むのは勇気がいる。
それに見に行って思ったのと違ったら赤っ恥だ。
でしゃばって余計なことをしたくないし、できるだけ他人と喋りたくもない。
でも、女性と少女が困っている。
(……そうだ。私は、患者に寄り添える薬剤師になりたかったんだ)
旭は覚悟を決めると、ゆっくりとレオの方を向き、小声で言った。
「私……ちょっと行ってきます」
「は!?冗談だろ、止めとけ」
レオの静止に、旭は、レオは勇者であることを隠したがっているから変に目立つと困るのかと考えた。
「大丈夫です。レオさんに迷惑がかからないようにしますから」
「そういう問題じゃねえ」
レオの視線が一瞬揺れるが、旭は気付かない。
「……チッ、勝手にしろ」
レオは言葉では突き放すように言いながら、荷物から大きめのバンダナを取り出すと、ぐいっと旭に持たせた。
顔を隠せるように貸してくれるのだろう。
「ありがとうございます」
旭はバンダナをほっかむりのように被ると、人混みの中を抜けていった。
緊張で激しい動悸がする。
手も震える。
それでも、力になれたらという一心で、旭は勇気を出して一歩踏み出した。
「あのー……」
「何だお前」
男性が旭にギロリと目を向ける。
「あっ、す、すみません。あの、ちょっとこちらの方に用があって」
「……私?」
具合の悪そうな女性がゆっくりと視線を上げる。
「はい。具合の悪いところすみません。もしかしたらお力になれるかと思って来ました。いくつか質問をしてもいいですか」
「……ええ……」
ぐったりして見えたから、問いかけに答えることができている様子を見て、旭は少し安堵する。
「まず、お名前を教えてください」
「スザンナ……」
「スザンナさん。今の症状はどんな感じですか」
旭の問いに、スザンナが身体を震わせる。
「えっと……熱が高くて寒いの。それから身体がだるくて……咳も少し」
「そうなんですね。それはおつらいですね。症状が出始めたのはいつからですか?」
「二、三日前かしら……。最初は喉が痛かったの。それで鼻水が出るようになったと思ったら熱が……」
「そうだったんですね」
旭はスザンナから聞き取った情報を頭の中で整理する。
……日本のものと同じかは不明だが、やはり一般的な風邪の可能性が高い。
異世界転生してきたとき、いつも通勤に使っているトートバッグを持っていた旭は、自分のバッグの中をごそごそと探した。
常備薬を入れたポーチを取り出す。
その中から出したのは、解熱鎮痛薬のアセトアミノフェン。
(……異世界の人に渡しても大丈夫かな。でも、つらそうだし……)
旭はそっと、錠剤を差し出した。
「良かったらこれ、使ってください。熱を下げる効果と痛みをとる効果のある薬です」
「えっ……薬?いいんですか?代金は……」
「いりません。売り物ではないので。ただ注意しておきたいのは、あくまで対症療法であることと、薬が身体に合わない場合があるということです。そのときはすぐに誰かに知らせてください」
「分かりました……」
(成人なら通常量。見たところ痩せすぎでもないし、大丈夫なはず。何かあれば人に知らせるよう伝えたし……)
隣の少女に支えられながらスザンナは頭を下げた。
少女も一緒に頭を下げる。
「本当にありがとう。私はエヴァ。あなたは?」
「えっ!いや、私はただの通りすがりです。あと肝心なことがあって、しっかり休養をとることと、水分補給をすることを忘れないでください。それじゃ」
旭は立ち去ろうとするが、エヴァがぽつりと呟く。
「水分補給……」
もしかして、この世界には『水分補給』という概念がないのだろうか。
「はい。……そうだ、経口補水液ってご存知ですか?水に砂糖と塩を入れたものなんですけど、割合としては一リットルの水に砂糖大さじ四と二分の一、塩を……」
「おい!」
「うわ!」
薬草売りの店主がいきなり大声で怒鳴ったので、旭は驚いて飛び上がった。
店主は怒っているようだ。
「おい、てめえ……よそ者が勝手に薬をばらまくな。営業妨害しやがって」
「えっ、営業妨害?」
「そうだろう!うちの客をとりやがって」
店主の物言いに旭は困惑した。
「え……?あなたは売る気がなかったのでは?」
さっきまで見ていた様子と話が違う。
指摘すると、店主の顔がかーっと赤くなった。
(まずい、また余計なことを言った)
周囲のざわめきが大きくなる。
「このヤロウ……」
店主が旭の胸ぐらをガッと掴む。
他人にそんなことをされたことがなくて、旭は怖くなり焦って言葉を続けた。
「す、すみません。全然そんな風には見えなかったけど、売るつもりはあったんですね。値上げとかする予定だったのなら、邪魔してすみませんでした」
店主のこめかみがひくっと動く。
「うるせえ!」
店主が右腕を大きく振りかぶる。
拳の描く軌道が見えた。
まっすぐ旭の顔に当たろうとしている。
旭は呆然とした。
平和だった日本で、殴られたり等暴力に曝された経験などない。
(あ、殴られる……)
逃げなきゃと思うのに、足が動かない。
心臓の音だけがやけに大きい。
咄嗟にできたのは、目を瞑ることだけだった。
……しばらく経っても、痛みは襲ってこなかった。
旭がそろそろと目を開けると……店主と旭の間にはなんとレオが立っていて、店主の拳を左手で易々と受け止めていた。
「レオさん!」
「おいおっさん、女相手に恥ずかしくねーの?」
「なっ、この……!」
サッと、レオが後ろ手で旭の手首を掴む。
旭が声を出す間もなかった。
「【疾風】」
レオがそう唱えた瞬間、ビューッと強い風が吹く。
旭の視界が風で真っ白になった。
冷たい空気の中、手首を掴むレオの体温だけが伝わってくる。
店主は思わず目を瞑った。
風が止んで目を開けたとき、もう四人の姿はなかった。




