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邂逅

(何……?息苦しい)


全身が強風に叩かれている。

鋭い風で上手く呼吸ができない。

旭の身体が、地上で濃い影となっていく。


ドサッ。


「いてっ!」


痛みを感じながら右手を動かした。

掌にざらついた感触。

土の匂いが鼻を刺す。


(外……?……今、落下してきたってこと?……女子力皆無な声上げちゃった)


そのままじっとしていると、頭上から声が聞こえてきた。


「……は?」


慌ててガバッと身体を起こす旭。

そこにいたのは……レオだった。

ハッ……と呼吸が止まる。


レオ。レオだ。レオが生きてる。


旭は暫く呆然とレオを見上げることしかできなかった。

悲劇の最期を遂げた彼が、今生きて目の前に立っている。

風に揺れる茶髪。色素の薄い瞳。間違いない。


(やり直せるんだ。レオを、助けられるんだ)


じわりと視界が滲む。

慌てて瞬きをする旭。

ここに落としてくれたあのギャル死神に感謝する。


レオは困惑の表情をしていた。

眼前に突如人間が降ってきて、しかもその人間が涙ぐんでいるのだから当然だ。

さぞ戸惑っているだろう。


「すみません。驚かせてごめんなさい」


旭は居住まいを正し、ぺこりと頭を下げる。


「いや別に謝んなくてもいいけど……。あんた、どっから降ってきた?」

「え?どこからって……」


ついっと上を見る旭。

上には、何もなかった。

あるのは真っ青に広がる空だけ。


「……空から……っぽいですね……」

「……」


レオがすうっと目を細める。

ハッと旭の顔が青ざめた。


(ヤバい、怖い顔をしている!このままでは殺られる!)


旭は慌てて両手を振って弁明した。


「ち、違うんです!とても怪しいと思うんですけど、怪しい者ではないんです!どっちかというとあなたの力になりたい者なんです!」

「はあ?何言ってやがる」


レオの眉間のシワが深くなる。

だがここで怯んではいけない。


「あの、魔王討伐の旅の途中ですよね?私も連れていってもらえませんか?」


言った後で、胸がバクバクした。


(何言ってんの!?ドストレートすぎる!レオにじっと見られたからって焦りすぎなんだよぉ!)


次の瞬間、レオの目付きが鋭くなった。

旭を刺すような目で見ながら、低い声で言う。


「……なぜオレが魔王討伐に向かっていると思った」

「え」


(しまった。レオは自分が勇者だということを伏せて旅をしていたんだった)


旭が緊張で唾を呑み込む。


(アレクサンドロス王国は、召喚したくせに勇者を都合のよい道具扱いする国。だからレオは自分の正体を隠して旅をしてたんだよな)


それなのに、初対面でレオの正体と目的を知っているようなことを言ってしまった。

これでは怪しまれるのは当たり前だ。


レオが腰の短剣に手を掛ける。


「てめえ……魔族か?」


目が据わっている。

明確な殺意にぎょっとした旭は必死で叫んだ。


「うわーっ違います!転生者です!!」

「……は?」


レオの動きが止まる。

だが抜いた短剣の柄から手は離れない。

旭は懸命に言葉を繋いだ。


「ま、紛らわしいことしてすみません……。元の世界で、あなたは漫画の主人公で。それで知ってたんです」

「……漫画だと?」

「はい」

「……」


レオが微かに眉間にシワを寄せる。

その目に浮かぶのは不快感。

旭をじっと見て何かを考えているようだったが、やがて、淡々と尋ねた。


「お前、出身はどこだ」

「え?青森です……」


その答えに、レオはにやりと口角を上げた。


「日本じゃなくて青森ときたか。……どうやら本物のようだな」

「!信じてくれるんですか?」

「とりあえずな。オレはこの世界に日本より詳細な情報を開示していない」


日本より細かな……県や市町村といった内容は、転生者、転移者でなければ知り得ないということだ。


「良かったです」


ホッとする旭を、レオはギロリと睨む。


「だがそれと連れていくかどうかは別だ。何でついてきたがる?」

「えっ!それは」


レオのバッドエンド回避のためとは口が裂けても言えない。

ぐるぐる考えて、旭は辛うじて言葉を絞り出した。


「えっと……異世界転生したからには魔王を倒すのが筋かなと思って……」

「はっ。責任感か?義理堅いこった」


レオは鼻で笑いながら短剣をしまう。

疑われていないことと、武器をしまってくれたことに旭は内心安堵した。

しかし説得はできていないようだった。


「だが俺には義理はない。あんたを連れていくことのメリットを提示してみろよ。交渉はそれからだ」

「ええ……えっと、えっと……」


武器は使えない。魔法もダメ。

日本の薬剤師免許も異世界ではただの紙きれ。

料理もはっきり言って微妙だ。


「えっと……」

「ねーのか?それならナシだ」


踵を返しかけるレオ。

途端に胸が締め付けられる。

旭は必死で叫んだ。


「みっ、未来が分かります!」

「……は?」

「言ったでしょう?私の世界であなたは漫画の主人公だったって。だからあなたがこれから進む道、出会う敵が分かります!」


──メインストーリーに関係する大きな出来事しか分からないけど。

それは声に出さないでおく。

ハア、ハアと肩で息をする旭に、レオは外していた視線を戻した。


「……へえ。なら当ててみろよ。オレがこれから何をしようとしているか」


旭は懸命にストーリーを思い出す。

現在の背景とレオの装備から、まだ旅に出てそう時間は経っていないだろう。

となるとここは、はじまりの町、王都キング・アレクサンドリア付近。

レオがまず向かうのは。


……答えは分かっていた。

だが一瞬、自分が口にすることで世界の何かが変わってしまうのではないかという恐怖に襲われた。

しかし言わなければここで全てが終わる。

旭は深呼吸をすると、微かに震える声で言った。


「ここから北にある紅山に向かっていますね。そこには四天王の一人、ルビーがいる」


レオが目を見張る。

四天王の存在も、居場所も、本来なら──知られるはずがない。

少しの間を置いて、レオが冷静な声で続けた。


「……そうだ。奴は四天王きっての武闘派だ。槍を使う狂戦士」

「えっ、斧では……?」


レオの目がギロリと旭を捕らえると、旭は反射で「すみません!」と叫んだ。

レオは軽くため息を吐く。


「いや、謝らなくていい。斧使いで合っている」


その様子に、自分を試したのだ、と旭は気付いた。


二人の間を、静かに風が抜けていく。

レオは暫く黙っていたが、やがて落ち着いた声で言った。


「……その未来予知がウソでもホントでも構わねえ。重要なのは、合っているということだ」

「ウソでもいいんですか?」

「ああ。その場合は、あんたが未来予知に匹敵する分析能力を持っていることになる」

「なるほど」

「……その線は薄そうだがな」


レオが呆れたような顔で旭を見る。

旭は軽く口を尖らせたが、文句は言わないでおいた。



ふと、レオは旭の横を通りすぎると、まっすぐに道を歩き始めた。

旭は逡巡したが、その後を追いかける。

後ろから遠慮がちに話しかけた。


「つ……ついていってもいいんですか?」

「……勝手にすれば」


ぶっきらぼうなその返事は、レオの肯定。

旭の胸の奥がじんわりと暖かくなる。

そして密かに決意した。


絶対に、レオをたった一人ぼっちで崩れた瓦礫に埋もれさせたりしない。

必ず助けてみせる。


旭の視線の先に、まだ見ぬ紅山がそびえ立っていた。

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