旅立ち
「来世……?」
旭はポカンとしたまま、黒い羽の生えたギャルを見つめることしかできなかった。
「もう、何ぼーっとしてんの。今『来世は私がレオを幸せにする』って言ったじゃん」
「いやいやいや『幸せにしてください』って言ったんです」
「幸せにしてあげる気、ないの?」
ギャルが頬を膨らませる。
その仕草を可愛らしいと思いながら、旭はベッドの上で膝を抱えて口ごもった。
「いや、できるものならしてあげたいけど……」
無理だ。
旭は三次元、レオは二次元の存在だ。
介入するには次元を超えなければならない。
それとも二次創作をするか。
いや、それでは旭の気持ちが楽になるだけで、本当の意味でレオは救われない。
だが旭のそんな思いを分かっているかのように、ギャルは飄々と言った。
「できるよ」
「えっ?」
旭は膝を抱えたまま顔をしかめる。
死神は人間の魂を狩るだけのはず。
現に彼女はつい先程無理だと言ったばかりだ。
一体どうしようというのか。
ギャルはふよふよと飛んで回りながら、旭に説明を始めた。
「死神ってね、『今まさに死にます』って人間のところに行って、死んだら肉体から魂を刈り取るの」
「はい」
まさに今の旭の状態だ。
旭が急性アルコール中毒で死んだら、このギャルは旭の魂を刈り取るつもりなのだ。
「そんでそれを食べるのがフツーなんだけど、別に食べなくたっていーわけ。そんじゃ食べないで何すんの?ってゆーと……」
「いうと?」
ギャルは一度溜めると、次の瞬間、人差し指を立てて輝くばかりの笑顔で言った。
「異世界転生させちゃったり?」
「……え?」
「期間限定だけどね。君の場合は『レオをバッドエンドから救うまで』かな」
意味が分からない。
死神にそんな力があるというのか。
能力、権限両方の意味で。
フィクションでは大体そういうのは女神と相場が決まっているが……。
「なんで死神がそういうことできるんですか?」
「死神なら誰でもできるわけじゃないよ!アタシがスーパー天才だからできんの!今から図に描いてあげる」
「ありがとうございます」
ギャルはキョロキョロと見回すと、テーブルの上に散乱していたチラシを一枚取って、その裏にペンで器用に描き始めた。
散らかっていた部屋の物を勝手に使われても、旭は全く気にならなかった。
「あのね、まず人間界……現世で君が死ぬじゃん?その魂をアタシが刈り取る」
「はい」
横たわった棒人間から、お化けみたいな白い丸い球が出ている。
(魂って人間の想像と同じような形してるんだなぁ……)
そしてそれを横から鎌で狩る羽の生えた棒人間。
棒人間でもギャルっぽく見えるから不思議だ。
「で、レオの世界で新しく肉体を合成して、その中に刈り取った魂を入れる。これで新しい君のできあがりってワケ☆」
魂から矢印が引かれて、離れたところにある棒人間に入る。
棒人間には作りたての印なのか、キラキラのエフェクトが付けられている。
「マジすか」
「マジだし。で、どーする?行くっしょ?」
軽い調子の言葉に、旭はたじろぐ。
行くことは可能だと分かった。
それでも、自分が行くことに抵抗があった。
行きたくないのではない。
自分が行っても仕方がないのではないか、自分が行ってもいいのかと思うのだ。
レオを救うのに、もっと相応しい人がいるのではないか。
「こんなコミュ障な人間……行ったって何もできないですよ。何の才能もないし」
抱えた膝に顔を埋めた旭に、ギャルがつまらなそうにため息を吐いた。
「じゃあ君はこのまま死ぬの?レオもこのまま?」
「……それは……」
旭が言葉に詰まる。
自分はこのまま死んだって構わない。
でも、レオのことは誰かに助けてほしい……自分に力があるなら、助けてあげたかった。
「……私は何もできない。何の力も持っていないから。行ったってレオの足を引っ張るだけ」
「うーん……いくらスーパー天才のアタシでもチートまではあげられないからなー」
「いりません。もらったって使いこなせないし」
旭のこもった声に、ギャルがお手上げポーズで肩をすくめる。
「超卑屈」
「はい。卑屈なんです、私」
顔を上げずにきっぱりと言う旭。
これだけは自信がある。
そんな旭に呆れるでもなく、ギャルはふと真面目なトーンで言った。
「でも君は力を持ってると思うよ」
「……えっ?」
旭は訝しげながらも視線を上げた。
旭を異世界に行かせたくて適当なことを言っているのだろうか。
だがこの空気は軽口で言っているとは思えない。
目が合ったギャルがにこっと笑ってみせる。
「『レオを幸せにしてください』って言ったじゃん」
「えっ……はい……」
「『私を幸せにして』じゃなくて、『レオを幸せにして』って言った。それってすごいことだと思うけど」
旭はキョトンとする。
何が褒められているのか分からない。
オタクの信心深さか。
「それは当然です。レオは立派な人だから。幸せになって当然」
「『私』は幸せになって当然って思わなかった?」
「はい。私はダメ人間ですから」
ギャルはふよふよと旭の目の前に来て、旭と同じように膝を抱えると、旭と目を合わせて笑った。
「あはっ。やっぱ面白ーい」
「……ええ?」
「異世界、行っておいでよ。君、思ってる以上にレオの力になれると思うよ?」
旭は困惑して眉根を寄せる。
「……どうしてそんなに私を異世界に行かせたいんですか?あなたとしては私が異世界に行っても行かなくても変わらないわけでしょう。むしろ行かせたほうが肉体を作るコストがかかる」
旭の問いかけに、ギャルはうーんと首をひねる。
そしてすぐに、にぱっと笑顔で言った。
「そのほうが面白そうだから!」
「……そうですか」
ギャルがほんの少し目を細めたことに、旭は気がつかなかった。
本能で生きているようなギャルを見ていると、自分が考えすぎなような気がしてくる。
……そうだ。あれこれ考えなくていいのだ。
旭自身はどうしたいのか。
崩れた瓦礫。痛みに歪む顔。
立ち上がりたくても立ち上がれない彼の姿は、まるで現実に苦しむ旭のようだった。
レオを救うなんて大層なことはできないかもしれないけど、せめて、あの孤独なバッドエンドは回避させてあげたい。
旭は顔をあげると、腹を括るように言った。
「……分かりました。行きます」
「やったー!頑張ってレオを幸せにするんだよ」
「はあ……どうやればいいのか皆目見当も付きませんが」
ギャルは「あはっ」と笑うと、旭を指差した。
「そのままでいればいいんだよ」
「?……はあ……」
旭はさっぱり得心がいかず、首をかしげた。
コミュ障の自分がそのままでいることでレオの力になれるとは全く思えない。
(レオのことが大好き。レオの絶対的な味方。……それだけで、十分なのにね)
死神の心の声は、旭には聞こえなかった。
ギャルが指を鳴らす形にする。
「じゃ、アタシがこれを鳴らしたら時は動き出すよ」
「そして私は死ぬんですね」
「そ。そしたらアタシは魂を刈り取って」
「レオの世界に私を異世界転生させると」
「そゆことー!」
今にも指を鳴らそうとするギャル。
「じゃ、準備はいーい?」
「あっ、待ってください。行く前にお尋ねしたいことが一つ」
「何?」
旭が、目を閉じて一度深呼吸をする。
目を開けたあと、ギャルの瞳をまっすぐに見つめて言った。
「……私に、第二の人生をありがとうございます。あなたのお名前を教えてください」
旭の言葉にギャルはきょとんとしていたが、やがてふっと笑った。
「期間限定で、ごめんね。アタシはテリーザ。覚えといてね、旭」
そしてその笑顔のまま、パチンと指を鳴らした。
途端に、旭の視界はぐるりと回った。




