海戦
潮騒が聞こえる港。
ここから先はザ・ゴールド・シー──第三の四天王、アンバーの領域だ。
レオが海を見たまま旭に尋ねた。
「奴の武器は」
「金色のメリケンサックです。アンバーは己の拳で戦います」
「拳……。ガードは強そうね。弱点は何か魔法かしら」
エヴァの言葉に、旭が頷く。
「はい。雷魔法です」
「だが例によって雷魔法を使える者がいないので、今回も雷魔法入り魔石で代用する。用意できたのは一個。チャンスは一回だ」
レオの手の中で、魔石が黄色に輝く。
エヴァはそっと海を見つめた。
「……どうやって攻めるの?アンバーは海にいるのよね。船が必要じゃない?」
足場のない戦いに不安を覚えているようだ。
旭が答える。
「はい、それなんですけど……アンバーは海を自在に移動できるので、船で近づくのは困難です。そこで、レオさんの風魔法を使います」
「レオの?でも……それじゃレオが大変じゃない?」
「大丈夫だ。こいつを使う」
レオが取り出したのは、小さな魔石八つ。
どれも魔法は入っていないようで透明だ。
魔石を見たエヴァが目を見開いた。
「魔石をこんなに!お金足りたの?」
「ああ。モンスター狩りで稼いだのと、非戦闘員の薬の売上金で買ったのが半々だ。……ありがとな、非戦闘員」
レオがチラリと目線を逸らして言う。
照れているようだ。
旭は嬉しくて、にっこりと笑った。
「お役に立てて何よりです!」
レオが魔石を両手で包み、静かに目を閉じる。
「……【疾風】」
手の中の魔石が、一度強く光る。
光が収まったあとレオがそっと手を開けると、中にあった魔石は、全て白色に光っていた。
「これで風魔法入りの魔石になった」
そう言うと、レオが旭とエヴァに二個ずつ渡す。
「これを靴に付けろ」
「片方の靴に魔石を一個付けるということね」
「そうだ。それで魔石の中の魔法が尽きるまで飛ぶことができる」
「すごい!空が飛べるのね」
エヴァが目を輝かせる。
だが、レオの手に四個あるのを見ると首を傾げた。
「その二個は何?」
「予備だ」
「予備?念入りなのね」
レオが思いっきり顔をしかめる。
「非戦闘員が落とすかもしれないとか失くすかもしれないとかうるせーから買ったんだ」
「すみません、すみません!でもありがとうございます!」
「失くさないように持ってろ」
レオが追加で二個、旭に渡す。
その様子を見て、エヴァはくすりと笑った。
旭が顔を上げてレオを見た。
「ちなみにこの中の魔法はどれくらい持つんですか?」
「飛びっぱなしで半日くらいだな。だが何があるか分からない。短期決戦に越したことはない」
「時間との勝負というわけね」
エヴァがきゅっと魔石を握った。
「そうだ。作戦としては、小さい舟を借りたのでこれでアンバーの近くまで行く。奴が出てきたらオレとエヴァで攻撃、隙を作って雷魔石を投げる。非戦闘員は隠れてろ」
「分かりました!」
レオの言葉に、旭は力強く敬礼した。
◇◇◇
ザ・ゴールド・シー海域。
港から暫く進んだ辺りで、急にざわりと海面が揺れた。
空が暗くなり、波の揺れの中心部からざばあっと何かが飛び出てくる。
青い肌の、優男風の魔族だ。
海面の1メートルほど上で止まる。
「僕の海を無断で渡るのは誰だい?」
海全域に響くような声に、レオが舟の上で立ち上がる。
「オレだ」
アンバーはレオの姿を認めると、大げさに驚いてみせた。
「なんと、勇者じゃないか!そろそろ来ると思っていた。歓迎するよ」
「ありがてえな。お前の首でもくれんのか」
「まあまあ焦らないで。メインディッシュの前には前菜があるものさ」
アンバーがパチンと指を鳴らす。
すると、海面がバシャバシャと波立ち、海中から大小様々な魚が大群で出てきた。
いや……羽がある。魚型の魔物だ。
ひくっとレオの口角がひきつった。
「オイオイ、いすぎだろ……」
「一体何匹いるの?」
エヴァの顔が不安で曇る。
旭は衝撃で息を呑んだ。
(何あれ……どういうこと!?原作じゃこんなのなかった。明らかに変わってる……!)
前回のアメジスト戦でも思った。
アメジストは、微小ながら本来のシナリオを改変している旭を脅威に思っている様子だった。
もしや……アンバーも?
アンバーが悠然と微笑んだ。
「自分で言うのも何だけど、僕は結構部下から慕われていてね。『勇者は自分が倒します』って部下がこんなに集まってくれたのさ。……さあ皆、相手をしておやり」
その言葉を皮切りに、魚の魔物が一斉に飛来してくる。
レオは後ろを振り向き、叫んだ。
「非戦闘員、逃げろ!」
「……!は、はい!」
旭は慌てて靴の魔石を作動させ、その場から飛んで離れた。
「【蝶の輪舞曲 (パピヨン・ロンド)】!」
「【暴風】」
空中を泳ぎ突撃してくる魔物に、二人も空を飛び広範囲攻撃の技で対抗する。
だがいかんせん数が多すぎた。
後から後から湧いてくる敵に苦戦する。
レオは小さく舌打ちをした。
(こいつらも弱点は雷魔法だろう。くそ、持ってる魔石は一個だ。ここで使うわけにはいかない。どうしたら……)
高みの見物をしているアンバーは、わざとらしく首を傾げる。
「おや?今までの報告から、僕も対策をされてると思ったんだけどなあ。雷魔法を撃ってこないということは、使えないのかな?」
「……」
レオが無言でアンバーを睨み付ける。
アンバーが余裕の笑みで言った。
「僕が出るまでもないな。勇者、ここまでだね」
(クソ……!)
レオが歯ぎしりをした……その時だった。
「レオさん!」
後方から旭の声がする。
レオは勢いよく振り返った。
そこにいるはずのない旭の姿を見つけて、怒鳴る。
「バカ、何で戻ってきた!危ないから下がれ!」
「レオさん、これを!」
レオの怒声をものともせず、旭が懸命にレオの元まで来る。
足が震える。
風に乗っても、心までは軽くならない。
(うう、戦いに近づくのは怖い。でも──ここで動けなきゃ、私はただの足手まといだ)
旭がレオに手渡したものを見て、レオは瞠目した。
「これは……!」
雷魔法入りの大きな魔石だった。
「どうしたんだ、これ?」
「急いで調達してきました。使ってください!」
旭は両手に予備の風魔石を持ち、両足の魔石も同時に作動させ、港へ一直線に飛んだ。
マスタード・マーケットに駆け込み、雷魔石をポケットマネーで購入すると、またすぐ空へ。
魔法入りの魔石は貴重なだけあって値が張ったが、薬の売上金で何とか入手することができた。
レオがぎゅっと魔石を握りしめる。
「……助かった。恩に着る」
レオはぐんっと魚の魔物の大群を振り返ると、魔石を目の前に構えた。
「【尖風】」
針のように鋭い風が、魔石を大群の中心まで運ぶ。
「エヴァ!」
「任せて!」
エヴァがレイピアを狙いすまして投擲した。
「【蜻蛉の追走曲 (リベリュール・フーガ)】!」
切っ先がコツンと魔石に当たる。
その衝撃で、雷魔法が発動した。
一瞬の静寂。
世界が白に塗り潰される。
次の瞬間──轟音と共にバチバチっと電気の跳ねる音がした。
「ぐぎゃーーっ!」
雷を浴びた魚型の魔物たちが、海にボトボトと落ちていく。
アンバーがその光景を瞬きをしながら見ていた。
「……予想外だなあ」
風魔法でエヴァのレイピアを回収しながら、レオが言う。
「これで残るはあんただけだ」
「そうだね……油断せずにいくよ」
すうっとアンバーが微笑む。
瞳の奥が、海が凍りついたように冷えていた。




