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「んーっ、着いたー!」


エヴァが気持ち良さそうに伸びをする。

三人は、ボグ・ヴァイオレットから北東に進んだ街──マスタード・マーケットに着いた。


潮の匂いとカモメの鳴き声。

漁師の怒号と市場の賑わいで、活気に満ち溢れている。



「先に飯にするか」

「賛成!お腹ペコペコよ」


レオの言葉に、エヴァが嬉しそうな声を上げた。

二人はここまでの道中、出会うモンスターたちを倒してくれた。

さぞかし疲れていることだろう。


「ここは漁業の盛んな港湾都市。新鮮な魚介類が食べられます。それを売りにしている店がいいと思います」

「そうか」

「あの店とかいいんじゃない?」


やいのやいのと言い合いながら、三人は店に入っていった。 


◇◇◇


カランカラン……。

様々な魚料理が食べられると謳う店のドアを開ける。


「いらっしゃいませ」


コックコートを着た壮年の男性が、受付で対応してくれる。

レオがすっと指を三本立てた。


「三名様ですね。お席にご案内致します」


メニュー表を手に取りながら、男性がチラリとレオを横目で見る。


「もしかしてですが……勇者様ですか?」


小声の問いに、レオが小さく口を歪めた。


「そんなわけないだろ」


すると、男性は明らかにホッとしたように笑った。


「いや、すみません。最近マウント・クリムゾン・タウンやモーブ・ファームの辺りの魔物がすっかり大人しくなったそうで、勇者様が四天王を倒しているのではないかと専らの噂なのですよ」


その様子に、旭は胸の奥がざわつくのを感じた。

レオが勇者であることを隠して旅をしている理由は知っているが、聞かずにはいられなかった。


「……勇者様だと、何か困るんですか?」


男性が、バツが悪そうに笑いながら答えた。


「嫌だなあ、そんなこと聞かないでくださいよ。勇者様が来たら援助しないといけないでしょう?お会計をタダにしないといけないかと思いましたよ。こっちも商売なのでね」


エヴァは無言のまま俯く。

レオがフッと笑って言った。


「ちゃんと払うから安心しな」

「失礼いたしました。こちらのお席へどうぞ」



テーブルにカルパッチョや魚介サラダ、ソテーなどが所狭しと並ぶ。

お腹が空いていた三人はもりもりと食事をしていた。


サラダを取りながら、エヴァがぽつりと言った。


「……今さらなんだけど、二人はどうして魔王を倒す旅をしているの?」


呆れ顔をするレオ。


「本当に今さらだな」

「いいじゃない、気になったんだもの」


エヴァが口を尖らせる。

旭が答えた。


「えっと、レオさんは勇者で、私はレオさんと同郷なので協力しようかなと」

「レオが勇者なのは分かってるわ。だからこそ聞きたいのよ」


フォークを静かに置くと、エヴァは言葉を選ぶように言った。


「だって……この国は勇者に優しくないでしょう」

「……」


レオも旭も黙り込む。



レオを召喚したアレクサンドロス王国は、端的に言えばケチな国だった。

勇者として召喚したレオに国王が援助として渡したのはたったの100アレン。

安物のナイフを一本買ったら終わる金額だ。


そのくせ税の帳簿だけは分厚い国だった。

『勇者が訪れたら無償で支援すべき』という風潮はあったが、実際のところ、市民たちは財布を開けたくないので勇者が来るのを望んでいなかった。


勇者と分かれば冷遇される。

かといって過剰に歓迎してほしいわけでもなかった。

ただ、普通に旅をしたかった。

それが、レオが勇者であることを隠して旅をする理由だ。



「別に。オレはこの国のために戦っているわけじゃない」


レオの言葉に、エヴァと旭が顔を見合わせる。


「どういうこと?」

「オレはオレのために戦ってるってことだ。まあ、言ってしまうと……」


レオが一瞬目線を落とす。


「オレは自分の故郷に帰るためにやってる」

「故郷?それって異世界のこと?」


どくん、と旭の鼓動が大きくなった。

フォークを落としそうになる。


異世界……すなわちもといた世界のことだ。

その故郷に、原作のレオは帰れなかった。

帰る方法は、あったのか。

それをレオは知っていたのか。


(今度こそレオを日本に帰してあげたい。そのために、帰る方法があるなら知りたい)


「……どうやって、帰るんですか?」


旭が震える声で尋ねると、レオが答えた。


「世界を行き来するためには次元を超えなければならない。オレの『召喚』、あんたの『転生』がこれに該当する」

「はい」

「だがこれらはオレたちが自分の判断で行える手段じゃない。しかしたった一つ……自らの意思で行える、伝説のような方法があると聞いた」

「伝説のような方法……?」


エヴァも固唾を飲んで見守っている。

レオが口を開いた。


「『果ての秘宝』だ」

「果ての……秘宝……」


旭が絶句する。


(『果ての秘宝』はレオが主人公の漫画のタイトル。ここでタイトル回収がくるなんて……!)


期待と興奮で、旭は胸が震える心地がした。

原作では最後まで謎のままだった。


「『果ての秘宝』?」


エヴァが首を傾げると、レオがカルパッチョを口に運びながら語った。


「どんな形状か、どんな色か、どんな性質か、詳細な情報は何も残っていない。ただ……魔王城にあると言われている」

「魔王城に……」


ごくりと、旭は唾を呑み込んだ。


「……だから、魔王を、四天王を倒さないといけないんですね。魔王城を探索できないから」

「そういうことだ。これで分かっただろ。オレはオレのために旅してるんだ。この国のためじゃない」

「……」


旭は何も言わなかった。

だが、既に知っていた。

レオが冷静で合理主義なだけの人じゃないこと。


旭がピンチになれば助けてくれた。

エヴァを大事な局面で信じてくれた。

原作のレオも、今目の前にいるレオも──強く、優しいのだ。


レオの「自分のため」という言葉はウソではないだろう。

ただ、そこに「人のため」という真実も入っている。



旭はぐっと拳を握った。


「絶対に魔王を倒しましょうね」

「当たり前だ」


決意を新たにする旭を横目で見ながら、エヴァが言った。


「……魔王を倒したら旭ももとの世界に帰るの?」


エヴァは、旭が転生者であることを知っている。

旭はゆるりと首を横に振った。


「いえ。それはないですね。私はもとの世界で死んでいるので」


この言葉に、エヴァ以上にレオが動揺したように見えた。

パンをちぎる手が止まる。


「……そうなのか?」


ふと上げた目が、ぴたりと旭で止まる。


「はい。『転生』だと言ったでしょう?『転移』ではなく、生まれ変わりです。ですので魔王を倒しても私はそのままです」



……少しだけ、ウソをついた。

ほんの一瞬、視線が揺れる。


旭はギャル死神、テリーザの力によって転生したが、それには条件があった。

この転生は『レオをバッドエンドから救うまで』の期間限定。

旅の終わりが、旭の終わりだ。


だがそのことに悔いや反発はなかった。

むしろ、レオを助けられる時間をくれたことに、旭は感謝していた。


それを、二人に言うことはできなかった。

『旭がもとの世界で死んでいる』と知っただけでこんなに胸を痛めている彼らだ。

旭の運命を知ったら、特にエヴァあたりは「旅をやめよう」と言い出すかもしれない。

それは、旭の望むところではなかった。



エヴァが、フォークを握る手に力を込めた。


「……じゃあ、私たちは突き進むしかないということね」

「その通りです」


旭が答えると、レオが少し強くパンをちぎった。


「それじゃ、食ったら作戦会議だ」

「はい!」


旭とエヴァも、食事に戻った。


……あとどれくらい、こうして二人と過ごせるだろう。

旭はこっそりと心の中で思う。

二人と囲む美味しい料理の味を、忘れないように噛み締めた。

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