侵蝕
「【蝶の輪舞曲 (パピヨン・ロンド)】!」
エヴァの突きが広範囲に炸裂する。
その技は、レオと旭を守るように展開された。
「エヴァ!」
旭がレオの下から顔を出した。
レオも顔を上げてエヴァを見ている。
「二人とも、大丈夫!?」
「はい、おかげさまで……」
レオと旭が身体を起こす。
「しかし困ったわね。アメジストは防御が低いくせに、肝心の攻撃が当たらないわ」
「やっかいなのはあの魔法と転移だな」
レオが眉根を寄せて言う。
旭が思い付いたことをぽろっと口にした。
「……転移を封じてみてはどうでしょう?」
「どうやって?」
エヴァに食い気味に尋ねられ、旭はびくっとする。
「えっ、えっと……ただの思い付きなんですけど、アメジストは沼から沼へ転移してますよね?あの真ん中の大きい沼以外潰しちゃうとか……?」
「……」
レオとエヴァがじっと沼を見る。
エヴァがやがて悲しそうに首を横に振った。
「できたらいいんだけどね……。あんなにたくさんあると難しいわ」
「いや……できなくはない」
「えっ!?」
レオの言葉にエヴァが振り返る。
「それには、あんたの力が必要だ」
レオがじっとエヴァを見る。
エヴァは、力強く頷いた。
「任せて」
エヴァが中央の大沼にいるアメジストに向かって駆けていた。
アメジストがゆらりとエヴァに目を向ける。
「来たか……今度こそ消す……」
アメジストがペン先を滑らせると、エヴァが勢いよく突いた。
「【蜜蜂の円舞曲 (ウナベイユ・ワルツ)】!」
「!」
剣先はアメジストの書きかけの空中のインクに当たり、呪文は形を成さずに消える。
「おのれ……」
(レオさんの作戦、うまくいっているみたい)
遠く離れた北西側、枯木に隠れながら様子を見ていた旭は、ほっと息を吐いた。
先程レオが言っていたことだった。
「奴は多彩な魔法を使う代わりに、魔法発動にペンを必要とする。呪文を書き終わる前に邪魔すれば魔法は発動しない」
その言葉通り、エヴァはひらりひらりとアメジストの狙いを翻弄しながら、ペンの動きを邪魔している。
それと同時にアメジスト自身にも攻撃を当てていて、少しずつだがダメージが入っている。
「この……!」
アメジストは焦っているようだ。
(ここは逃げるか……)
アメジストが別の沼に転移しようと、ちらりと後方の沼を見たとき、レオの声が聞こえた。
「【暴風】」
レオの風魔法が発動し、沼の周りに生えた木々を薙ぎ倒していく。
ずずーん……と崩れた木は、全てが沼を蓋するように倒れた。
アメジストが驚愕の表情を浮かべる。
(レオさん、すごい。倒れる方向を計算して風を出したんだ)
旭が思い付きで言ったことを実現してみせた。
アメジストがきゅっと唇を噛み締める。
「これでは転移できない……ってか?転移には水面の視認が必要なんだろ」
「黙れ!」
アメジストが高速で呪文を書く。
ごおっと火の塊が、後方にいたレオに向かって飛んだ。
だが、それはひょいっと容易に避けられた。
「なるほどな。今書いたのは呪文の簡略形か。素早く攻撃できる代わりに威力が落ちる」
「……!」
アメジストの顔にはっきりと焦燥が浮かぶ。
「嫌だ……死にたくない……死にたくない」
アメジストは親指の爪をガリガリと齧ると、ペンを捻って、中のインクを手のひらに出した。
「!?何をしているの?」
エヴァが困惑の声を上げる。
「一日……一回しか使えない……だがこれで封じられれば十分……」
アメジストは両手にインクを塗り広げる。
そしてばっと真上に上げたかと思うと、長い詠唱を始めた。
「ペンがなくても魔法が使えるのか!?」
レオが大声で叫んだ。
「エヴァ!止めさせろ!」
エヴァが【蜜蜂の円舞曲 (ウナベイユ・ワルツ)】で止めに入る。
だが、アメジストの【鉄壁】によって妨げられた。
「既に魔法が発動されてる!」
「いや……【鉄壁】でこんなに長く詠唱しているはずがない。同時詠唱だ!急げ、逃げろ!」
レオの声に、エヴァが退避を始める。
だが、それよりアメジストの詠唱が終わるほうが早かった。
「【迅雷】」
ピカッと辺り一面が照らされる。
直後、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が鳴った。
足が地面から浮く衝撃を覚える。
「わあっ!」
旭は隠れていた枯木から跳び跳ねて離れる。
ハッと振り返ると、枯木に雷が落ちていて、火が上がっていた。
慌てて周囲を見回すと、倒れている木々からも煙が立ち上っている。
焦げた匂いが辺りに充満する。
(レオさんは?エヴァは……!?)
必死で二人を探して……見つけた。
二人とも、地面に倒れ伏していた。
エヴァの手がピクピクと痙攣している。
反対に、レオは指先すらピクリとも動かない。
「レオさん!エヴァ!」
駆け出す旭。
だが、低く響く声がそれを止めた。
「止まれ……動くな」
アメジストの声だった。
旭は思わず止まる。
目の前にレオの手がある。
あと一歩でレオに届く。
旭の呼吸音だけがやけに聞こえる。
「勇者も剣士も倒した……後はお前だけだ」
「……私は非戦闘員です。私を倒しても何も変わりませんよ」
声を震わせながら旭が言う。
アメジストは、くっと短く笑った。
「何も変わらないだって……?たわけたことを。お前が変えているんだ……お前を消して……変わらないわけがないだろう……。ルビーも……死に際に言っていた……」
どくん、と旭の心臓が跳ねた。
一人目の四天王、ルビーも言っていたというのが引っ掛かる。
四天王同士で使えるテレパシーのようなものがあるのだろうか。
死に際、旭をじっと見てきたルビー。
(……私が、変えている?)
確かに、原作から変えたことは何個かある。
旭とエヴァの同行、薬の製造。
だがどれも些末なことだ。
実際メインストーリーは変わっていない。
だが……今回、アメジストは本来使わないはずの魔法を使った。
それに旭の介入が影響しているというのか。
それなら、それは一体なぜ……。
原作の『安全圏』が消えかけていることに、旭はじわりと恐怖を感じた。
視界の端で、レオの指がピクリと動く。
旭は、掠れた声で言った。
「どういう……意味ですか?」
「……お喋りは終わりだ。去れ」
アメジストがずず……と沼から出て、旭に向かって手を伸ばす。
もう少しで旭に触れる。
頬に濡れた指先が付きそうになる。
その時だった。
「お喋りは終わりだあ?それはこっちのセリフだぜ」
ゆらりと、倒れていたはずのレオが立ち上がる。
ギンっと正面を睨むと、素早く短剣を投げた。
それはぐさりとアメジストの胸に刺さった。
「う……ぐああ!」
アメジストががくりと膝をつく。
「な……なぜ……」
「なぜ動けるかって?非戦闘員が止まる前に飴をばらまいてたのさ」
雷が落ちた直後、アメジストに「止まれ」と言われた瞬間、旭は足元のレオに向かって薬を投げていた。
麻痺治し飴と、薬草丸を。
アメジストと旭が話している間に、レオはそれを口にし、回復したのだ。
「それにお前……もう魔法使えねーんだろ?少なくとも今は」
「……」
アメジストが、レオを睨みながらごほっと口から血を吐く。
「えっ、そうなんですか?」
「ペンのインクを手にぶちまけてただろ?あれで使いきったんだよ。お前を直接手にかけようとしてきたのも魔法が使えねーからだ」
「そう、だったんですね……」
暫く耐えていたが、やがて、ばたりとアメジストが倒れた。
「……ルビー……魔王様……死にたくない……。まだ……終われない……」
アメジストの身体が淡く紫色に発光する。
「怖いのは、嫌だ……」
アメジストの、人間ではないのに人間らしい言葉に、旭はツキンと胸が痛んだ。
旭は何か言おうとして飲み込む。
自分でも、何を言おうとしたのか分からなかった。
風と共に崩れて、アメジストは塵となって消えた。
◇◇◇
静まり返った沼。
「……助かったわ、旭。ありがとう」
「いえ」
旭は、エヴァにも麻痺治し飴と薬草丸を投与して回復させた。
起き上がったエヴァが、旭が持っているものに気付く。
「あら、キレイな魔石」
「アメジストの魔石です」
ルビーのときと同じように、アメジストが消えたあと、紫色の片手サイズの魔石が出てきた。
レオに冷めた目で見られながら、例によって回収したのだ。
「……また持ってくのか」
「はい。何に役立つか分かりませんから」
「そーかよ」
旭はマゼンタ・フィールドで買っていたリュックに魔石を入れる。
これで四天王の魔石は二つ。
「そんじゃ、行くか」
「はい!」
ちりっと、四天王二人が同じ発言をしたことが脳裏を掠める。
旭は、不安をかき消すようにごくりと唾を呑んだ。
三人はボグ・ヴァイオレットを後にした。




