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異変

「二人目の四天王、アメジストがいるボグ・ヴァイオレットまで来た。ここからは慎重に行動するぞ」


レオの言葉に、旭とエヴァが無言で頷く。


「ボグってことは沼地ね。アメジストは何を武器に使う四天王なの?」


エヴァが旭を見て尋ねた。

旭は原作『果ての秘宝』でのアメジスト戦を思い出しながら答える。


「アメジストは魔法使いです。空中に文字を書ける特殊なペンを持っていて、それで呪文を書いて攻撃してくるんです」

「魔法使いか。それなら防御は弱そうね」


エヴァの言葉に、レオが同意した。


「そうだな。反面、魔法耐性はかなり高いだろう。オレの魔法はほぼ通らないと考えたほうがいい」

「攻撃の主軸は私になるということね」

「そうだ。オレは風魔法と短剣で援護する」


レオがちらりと旭を見た。


「それで。例の物はできたのか」


先日、薬師連合に依頼された新薬のことだろう。


「はい。『麻痺治し飴』と『解毒飴』が出来ました。今朝ギルドにレシピを提出してきたので大丈夫です」

「『飴』?」


エヴァが首を傾げる。


「丸剤をこの間は舌下投与しましたが、本来は飲む薬です。でも戦闘中に水を飲むって難しいでしょう?ですので、水がいらない形って何かなーって考えて、飴にしてみたんです」

「飴なんて作れるの?」


旭の言葉に、エヴァが興味津々で聞いてきた。


「はい、簡単ですよ。蜂蜜を煮詰めたものに、乾燥させた薬草の煎じ液を加えて、固めるだけです」

「すごい!」


本当に簡単なのだが、エヴァが拍手して褒めてくれるので、旭も満更ではない気持ちになる。


「それじゃ、懸念はないということだな」


レオが二人を見回す。


「エヴァがメインの攻撃。オレは補助。非戦闘員は隠れてろ」

「分かったわ」

「はい!」


旭は元気いっぱいに返事をした。


◇◇◇


──ボグ・ヴァイオレット。

おどろおどろしい色をした沼が、大小いくつも点在している。

その中で一番大きな沼の真ん中に、彼女はいた。


「ルビーが……ルビーがやられた……うぅ……。次は私の番……」


紫がかった白髪は異様に長く、アメジストが俯くと顔が全く見えなくなる。

アメジストは不思議な抑揚のある声で独り言のように言っていた。

その姿は泣いているかのようだ。


「よく分かってるな。あんたの首をもらいに来たぜ」


レオが言うと、アメジストがゆらりと振り返った。


「嫌よ……嫌……死にたくない。まだルビーのもとには行けないの。勇者よ……。首は……あんたが差し出しなさい」


直後、泥水の大きな水鉄砲がレオとエヴァに襲いかかった。

いつの間にか、アメジストを光る文字が囲んでいる。


二人は左右に跳んで避ける。


「【疾風】」


レオがエヴァに高速移動の魔法を掛けた。

エヴァは目にも止まらぬ速さで駆ける。


「【蜻蛉の追走曲 (リベリュール・フーガ)】!」


エヴァがレイピアの突きを繰り出す。

沼の中心から一歩も動いていないアメジストに、その切っ先が……届かなかった。


「【鉄壁】」


アメジストとエヴァの間に、ピンク色の光る文字を纏った、土魔法の硬いシールドが現れる。

エヴァのレイピアはガツンとぶつかり、シールドに弾かれた。

亀裂一つ入らないまま、壁はすっと消えた。


「さすが四天王ね……硬すぎる」


エヴァが跳びはねながら苦笑した。


「おい。乗せるぜ」


レオがエヴァに言いながら魔法を放った。


「【豪風】」


巨大な風の渦にエヴァが閉じ込められる。

否……エヴァ自身が台風となって飛んでいた。

この勢いが乗った突きなら、さっきのシールドも破れるだろう。

エヴァがレイピアを構える。

そして突きを繰り出そうとした瞬間、アメジストが消えた。

……いや、別の沼に転移していた。


「えっ!?」


エヴァの突きは空振りに終わる。


転移したアメジストが、ちらりとレオを見た。


「……邪魔ね」


すらすらと空中にペンで文字を書く。

ピンクに発光するその呪文は、完成したあと光の矢となってレオに飛んでいった。

あまりに速く、避けることができなかったレオ。

光の矢が刺さって消えたあと、レオはがくりと膝をついた。


「ぐっ……!」


苦しそうに脂汗をかく。

徐々に顔色が悪くなっていく。


「レオ!」

「来るな!」


駆け寄ろうとするエヴァに、レオが必死で声を張り上げた。

そうしている間にも、呼吸が荒くなっていった。

視界がぼやける。

地面を掴む指先が白くなる。


「……水魔法、【毒矢】」


アメジストが静かに言った言葉を、旭は確かに聞き取った。


(えっ、毒矢……?そんな、バカな)


旭は愕然としていた。

──知っているストーリーと違う。


旭の記憶の中では、アメジストは攻撃魔法と防御魔法を主に使っていた。

状態異常の魔法など使っていなかったはずだ。


(どうして……?なぜストーリーが変わったの?……もしかして、私のせい?)


疑問に囚われそうになるが、今はそれに構っている場合ではない。

レオが毒に苦しんでいる。


沼の縁に生えた枯れ木の陰に、旭は身を潜めていた。

レオのもとに行きたいが、そのためには隠れているこの場から出なければならない。

アメジストに見つかったら……。

旭はぶるりと震えた。

足が思うように動かない。

心臓の音だけがやけに大きく、沼の泡立つ音と混ざって耳に残る。


自分は戦うことのできない足手まとい。

だが、自分を背に庇って戦ってくれているレオを、このままにすることなどできなかった。


(泣くのは後!足が震えても止まるな!)


勇気を振り絞って立ち上がると、旭はレオに向かって走った。


「レオさーん!これを!」

「!?……非、戦闘員?バカ……」


レオが声を上げようとするが出ないようだ。

はあっ、はあっと苦しそうに息をしている。

旭はレオのもとに辿り着くと、持っていた『解毒飴』を取り出した。


「食べてください。今すぐ」

「……」


レオは旭が差し出した飴を、パクリと口に入れる。

暫しそのまま見守っていると、レオが「げほっ」と咳き込んだ。


「レオさん!」


旭が顔を青くしてレオの顔を覗き込む。


「……大丈夫だ。むせただけだ」


次第に、レオの呼吸が落ち着いてきた。


「……恩に、着る」


レオが落ち着いて発した声を聞いて、旭はほっとする。

レオがすぐに旭を隠すように腕を広げた。


「早く隠れろ」

「!は、はい」


旭がもといた場所に戻ろうとしたとき、アメジストの地を這うような声が響いた。


「お前か……本当の邪魔者はお前か……」

「えっ……?」


旭がぞくりとして振り返る。

アメジストがじっとりと、旭を見ていた。


「ルビーがそう簡単に倒されるわけがない。何かカラクリがあると思っていた……。それがお前か……」

「えっ……?ち、違います……」


前回のルビー戦で旭がしたのは、重傷を負ったエヴァを回復させたことだけだ。

ルビーを倒した作戦はむしろ、レオとエヴァによるものだ。


だがアメジストは聞いていない。


「不安要素は消す……本当の問題になる前に」


アメジストの視線が、まっすぐ旭を射抜く。

そのペン先が、ゆっくりと動いた。


「土魔法【弾丸】」

「非戦闘員!」


文字が弾へと形を変える。

それを見た瞬間、レオが叫んだ。

旭の身体は強く抱きすくめられ、地面に倒れ込む。

目の前にあったのは、レオの胸だった。

その背中越しに、甲高い衝撃音が響いた。

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