第83話 働かない時間
午前中、ラウルは庭の端に立っていた。
昨日のように歩き回るわけでもなく、
ベンチに座るでもない。
ただ立っている。
何をするべきか、
まだ決められていない人の姿だった。
私は川辺の石に腰を下ろす。
本を開くが、読むわけでもない。
風が少しだけ動く。
ラウルがこちらへ歩いてくる。
「昨日のことですが」
「ええ」
「役割があると、休めない」
彼はその言葉を繰り返す。
「私には役割がありました」
「そうでしょう」
「判断をすること、決めること、責任を持つこと」
私は水面を見る。
「それが仕事でした」
ラウルは少し黙る。
「ここでは、誰も決めていない」
「ええ」
「それでも、回っている」
私は頷く。
「困っていないので」
ラウルは小さく笑う。
「便利な言葉ですね」
「便利です」
彼は川を見る。
水は静かに流れている。
「私は、働いていないと不安になります」
その言葉は、昨日よりも素直だった。
「働かない時間は、空白に感じる」
私は少し考える。
「空白は、悪いものですか」
ラウルは答えない。
しばらく水の音だけが続く。
やがて彼はベンチに座る。
今日は立ち上がらない。
午後、食堂でラウルは周囲を観察していた。
誰も急いでいない。
誰も役割を持っていない。
それでも食事は進み、
会話は穏やかに続く。
夕方、庭に出ると、ラウルは同じベンチにいた。
「今日は、何もしていません」
「そうですか」
「ですが」
彼は少しだけ肩を下げる。
「思っていたほど、崩れませんでした」
私は頷く。
夜、部屋に戻る。
窓を開ける。
風は変わらない。
働かない時間。
それは、責任を背負ってきた人には
一番難しいものかもしれない。
私は灯りを落とす。
今日は、何も起きていない。
それで、十分だった。
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