第77話 静養地の噂
午後、庭の門の外で、見慣れない人影が立ち止まっていた。
旅装の男だった。
門番と短く言葉を交わしている。
私は小道を歩きながら、その様子を遠くに見る。
しばらくして、男は中に入らずに去っていった。
門が閉まる音は、いつもと同じだった。
昼過ぎ、食堂で管理人がその話をする。
「見学の方でしたか」
年配の滞在者が聞く。
「いえ」
管理人は首を振る。
「様子を見に来ただけのようです」
「様子?」
「王都で、この場所の話が出ているそうで」
食堂の空気は穏やかだ。
驚く人はいない。
「どんな話ですか」
「静かに回復する場所がある、と」
誰かが小さく笑う。
「そのままですね」
ユリウスが紙をめくる。
「方法を知りたい人が多いようです」
私は湯のみを持つ。
「方法はありません」
「ええ」
ユリウスも同じ答えを返す。
午後、庭を歩く。
いつものベンチ。
いつもの川の音。
噂は門の外で広がる。
ここでは、ただ風が動くだけ。
夕方、門番が言う。
「最近、通りすがりの人が増えました」
「中には入らない?」
「ええ。見て帰るだけです」
私は小道を歩き続ける。
見ても分からないだろう。
ここには、特別なものがない。
夜、川辺に立つ。
彼が隣に来る。
「噂が広がっているようですね」
「そうですね」
「困りますか」
私は水面を見る。
「困っていません」
彼は頷く。
夜、部屋に戻る。
窓を開ける。
風は変わらない。
噂は遠くで形を変える。
でも、この場所は同じだ。
私は灯りを落とす。
外で名前が広がっても、
ここでは何も始まらない。
それで、十分だった。
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