第71話 出るという選択
朝、エマは少し早く庭に出ていた。
いつものベンチではなく、川辺の石に腰を下ろしている。
私は少し離れた場所に立つ。
声はかけない。
エマが振り返る。
「少し、お話してもいいですか」
「ええ」
彼女は水面を見たまま言う。
「そろそろ、戻ろうと思います」
宣言ではない。
報告でもない。
ただ、事実のような口調。
「そうですか」
私はそれ以上を求めない。
「来たときは、不安で……正解ばかり探していました」
「ええ」
「でも今は、正解がなくても困らないと分かりました」
私は頷く。
「戻っても、大丈夫だと思えます」
「困っていませんか」
エマは少し笑う。
「不安はあります。でも、困ってはいません」
その言葉は、自分で確かめたものだった。
「では、大丈夫ですね」
私はそう言う。
エマは私を見る。
「あなたは、引き止めませんね」
「必要があれば、止まります」
「今は?」
「今は、止めません」
エマは深く息を吐く。
「ここに来てよかった」
私は答えない。
その評価は、私のものではないから。
午後、管理人に滞在終了の申し出をしている姿を見かける。
「承知しました」
短い返事。
誰も惜しみすぎない。
誰も大げさに祝わない。
夕方、食堂で最後の席に着く。
椅子は二つ並んでいる。
彼が小さく言う。
「整いましたね」
「ええ」
夜、エマが部屋へ戻る前、立ち止まる。
「もし、また迷ったら」
言いかけて、首を振る。
「いえ。そのときは、自分で考えます」
私は頷く。
「それが、ここで覚えたことですから」
エマは微笑む。
夜、窓を開ける。
風はいつもと同じ。
来る人がいて、
去る人がいる。
整って出ていく人がいる。
私は、ここにいる。
それで、十分だった。
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