第69話 残る人の時間
アルドが去った翌朝も、空は同じ色をしていた。
特別な余韻はない。
静養地は、誰かの出入りに大きく揺れない。
食堂に入ると、席はいつも通り埋まり方をしている。
エマは中央寄りの席に座り、
湯気の立つカップを両手で包んでいる。
「静かですね」
彼女が言う。
「ええ」
私は隣の椅子に腰を下ろす。
椅子は二つ並んでいる。
彼が小さく言う。
「去る人がいると、残る人が分かりますね」
「そうですね」
残る、という言葉に重みはない。
ただ、今日もここにいるという事実だけ。
午前中、庭を歩く。
アルドが座っていたベンチは空いている。
だが、空席は目立たない。
誰もその場所を避けない。
誰も埋めようとしない。
時間は自然に流れていく。
エマがやってくる。
「最初にここへ来たとき、私は正解を探していました」
「ええ」
「今は、探していません」
彼女は空いているベンチに腰を下ろす。
アルドの場所だったところだ。
「ここにいると、それで十分だと思えます」
私は頷く。
午後、ユリウスが庭を見回っている。
「利用状況に変化はありません」
管理人に報告する声が聞こえる。
「問題は?」
「ありません」
短い確認。
誰かが去っても、規則は増えない。
説明も増えない。
夕方、川辺に立つ。
水面は変わらず流れている。
彼が隣に立つ。
「動いているのに、急いでいない」
「川のことですか」
「ええ」
私は水を見つめる。
「残る人の時間は、そういうものかもしれません」
「流れているのに、追われない」
私は小さく息を吐く。
夜、部屋に戻る。
窓を開けると、風は穏やかだ。
去る人は、自分の速さで去る。
残る人は、自分の歩幅で残る。
私は、ここにいる。
それだけで、今日も整っている。
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