第68話 滞在の終わり方
朝、門の前に小さな馬車が停まっていた。
見覚えのある形だった。
私は庭の小道を歩きながら、その様子を遠くから見る。
アルドが荷をまとめている。
延ばした一週間が、終わったのだろう。
管理人が書類を確認している。
ユリウスは淡々と手続きを進めている。
大きな別れの言葉はない。
エマが少し離れた場所で立ち止まる。
「もう、お戻りになるのですね」
「ええ」
アルドは穏やかに答える。
「予定より、ゆっくりでした」
「そうですね」
「急がない時間も、悪くありませんでした」
エマは小さく笑う。
私は近づかない。
距離は変えない。
やがてアルドがこちらに歩いてくる。
「挨拶を」
それだけ言う。
「ええ」
「結局、答えはもらえませんでした」
「持っていませんから」
彼は少し考える。
「それでも、何かは残りました」
私は頷く。
「困っていないなら」
彼は笑う。
「本当に便利だ」
「ええ」
馬車の扉が閉まる。
音は静かだ。
アルドは最後に庭を見渡す。
「ここは、変わりませんね」
「変えないので」
「それが、強さですね」
私は否定もしない。
馬車が動き出す。
土の道に小さな跡を残しながら、ゆっくりと遠ざかる。
庭はすぐに静かになる。
誰も泣かない。
誰も大きな言葉を言わない。
午後、川辺に立つ。
エマが隣に来る。
「少し、寂しいですね」
「ええ」
「でも、置いていかれた感じはしません」
私は水面を見る。
「置いていかれない場所ですから」
夜、部屋に戻る。
窓を開けると、変わらない風が入る。
滞在の終わり方は、人それぞれだ。
急いで去る人も、
ゆっくり戻る人もいる。
ここは、送り出すだけ。
私は灯りを落とす。
来る人がいて、
去る人がいる。
それでも、私はここにいる。
それで、十分だった。
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