第67話 急がない選択
数日が過ぎた。
アルドは以前のように質問を重ねなくなっていた。
代わりに、観察する時間が増えた。
午前中、庭の椅子に腰かけ、
帳簿でもなく、本でもなく、
ただ空を見ている。
速さが消えたわけではない。
けれど、前に出なくなっている。
「少し、迷っています」
昼過ぎ、彼はそう言った。
私は木陰で本を開いたまま、顔を上げる。
「何を」
「予定より早く戻るつもりでした」
「ええ」
「ですが、もう少し居てもいいのではと」
私は何も勧めない。
「どちらでも」
そう答える。
アルドは苦笑する。
「あなたは、引き止めない」
「必要があれば、止まります」
「必要がなければ?」
「戻るでしょう」
彼は静かに頷く。
「以前の私なら、迷わなかった」
「速さで決めていた?」
「ええ」
私はページをめくる。
「今は?」
「急がない方を選びたい気がする」
それは大きな言葉ではない。
宣言でもない。
ただの選択。
午後、管理人に滞在延長を申し出ている姿を見かけた。
「一週間、延ばします」
「承知しました」
短いやり取り。
誰も驚かない。
誰も祝わない。
ただ、時間が少し伸びるだけ。
夕方、川辺に立つ。
アルドは水面を見ながら言う。
「止まると、余白が見える」
「ええ」
「その余白に、焦りが入り込んでいたと気づきました」
私は何も評価しない。
彼自身の言葉だから。
「急がない選択は、弱さではありませんね」
「困っていないなら」
彼は小さく笑う。
「便利な言葉だ」
「便利です」
夜、部屋に戻る。
窓を開けると、風はいつもと同じ。
誰かが急がない方を選ぶ。
それだけで、ここは少しだけ静かになる。
私は灯りを落とす。
急がない選択。
それは特別な決断ではない。
ただ、疲れない道だった。
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