第64話 速さの行き先
夕方の川辺は、少し冷えていた。
私はいつもの石に腰を下ろし、水の流れを眺める。
足音が近づく。
振り向かなくても分かる。
「また、ここですか」
アルドの声は昨日より低い。
「ええ」
「あなたは、変わらない」
「そうですね」
彼は隣ではなく、少し離れた位置に立つ。
「昨日のやり取りを見ました」
「そうですか」
「あなたは何も言わなかった」
私は川を見る。
「言う必要がありませんでした」
「それが分からない」
彼は率直だ。
「人は、導かれた方が早い」
「かもしれません」
「では、なぜ導かない」
私は少しだけ息を吸う。
「急ぐ理由がないので」
アルドは小さく笑う。
「あなたは、ずっと同じ言葉を使う」
「困っていないなら」
彼が先に言う。
私は頷く。
「あなたは、困っていないのですか」
問いは、初めて少し個人的だった。
「はい」
「本当に?」
私は視線を水面から外さない。
「困っていた時期はありました」
アルドが動く気配。
「ですが、今は違います」
「どうやって?」
私は少し考える。
「急がなくなったからでしょうか」
彼は沈黙する。
川の音が間に入る。
「私は、常に先を見ています」
アルドが言う。
「次に何をすべきか。どこへ進むべきか」
「それは、悪いことではありません」
「でも、ここでは意味が薄い」
私はようやく彼を見る。
「意味がないわけではありません」
「では?」
「ここでは、先ではなく、今が基準です」
アルドは目を細める。
「基準がない、と言っていたのに」
「はい」
「矛盾しています」
私は小さく首を傾げる。
「基準を決めないことが、基準です」
彼は息を吐く。
少しだけ、力が抜けたようだった。
「速さの行き先が分からなくなる」
「それでも、止まってみると分かることがあります」
私は立ち上がる。
「速さは、悪くありません」
「……そうですか」
「ただ、ここでは少し疲れるだけです」
アルドは川を見つめる。
今日は反論がない。
夜、部屋に戻る。
窓を開けると、風は穏やかだ。
速さには、行き先が必要だ。
ここでは、行き先を求めない。
それが、彼にとって新しいのだろう。
私は灯りを落とす。
急がなくても、夜は来る。
その単純さが、
少しずつ、彼にも届いているのかもしれなかった。
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