第62話 問いを置いていく人
午前中、川辺で本を開いていると、足音が止まった。
「ここは、よく来られるのですか」
顔を上げると、昨日の青年――アルドが立っている。
「ええ」
私は本を閉じない。
「目的は?」
「特に」
彼は小さく息を吐く。
「皆さん、その答えですね」
「そうですね」
アルドは少しだけ眉を寄せる。
「では、何をもって回復とするのですか」
問いは鋭いが、声は穏やかだ。
「困らなくなること、でしょうか」
私は昨日と同じ言葉を置く。
「曖昧ですね」
「ええ」
私は否定しない。
アルドは川の流れを見る。
「私は、結果が欲しい」
「そうですか」
「変わったと実感できる何かが」
私は水面を見つめる。
「今、困っていますか」
彼は少し黙る。
「……困っている、とは違う」
「では」
それ以上は続けない。
アルドは視線をこちらに戻す。
「あなたは、ここで何も変えようとしないのですね」
「はい」
「それで満足ですか」
私は少し考える。
「満足というより、不満はありません」
彼は笑うでもなく、怒るでもなく、
ただ観察するように私を見る。
「あなたのような人がいるから、この場所は動かないのかもしれない」
「そうかもしれません」
「それでいいのですか」
「困っていないなら」
同じ言葉を繰り返す。
アルドは肩をすくめる。
「あなたは、答えを持たない」
「はい」
「でも、逃げてもいない」
私は何も言わない。
彼は立ち上がる。
「もう少し、見てみます」
「ご自由に」
足音が遠ざかる。
私は再び本に視線を落とす。
試されているのかもしれない。
けれど、応じるつもりはない。
夕方、庭で彼と並ぶ。
「速い人ですね」
彼が言う。
「ええ」
「揺れましたか」
「いいえ」
速さに合わせないこと。
それが、この場所の強さだ。
夜、窓を開ける。
風は変わらない。
問いを置いていく人がいる。
でも、答えは置かない。
私は灯りを落とす。
急がなくても、夜は来る。
それを、彼はまだ知らないのかもしれなかった。
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