第61話 速すぎる人
門の外で、少しだけ高い声がした。
静養地には似つかわしくない、
はっきりとした足取り。
私は庭の小道を歩きながら、その方向を見る。
新しい滞在者らしい青年が、管理人と向かい合っていた。
姿勢はまっすぐで、視線は強い。
周囲を観察するというより、評価しているようにも見える。
「滞在は一週間の予定です」
青年が言う。
「承知しました」
管理人は変わらない調子で答える。
「こちらでは、どのような療養方針を取っているのですか」
問いは具体的だった。
「特別な方針は設けていません」
「それでは、効果測定は?」
管理人は少しだけ微笑む。
「測定はいたしません」
青年は眉をわずかに動かす。
私は距離を保ったまま、歩みを止めない。
昼過ぎ、食堂で彼と顔を合わせる。
青年は席に着くと、周囲を見回した。
「静かですね」
誰にともなく言う。
「ええ」
私は短く返す。
「皆さん、何か目標をお持ちですか」
唐突な問いだった。
「目標ですか」
「ええ。滞在の目的や、改善計画など」
私は少し考える。
「人によると思います」
「あなたは?」
視線が向く。
値踏みでも、挑発でもない。
純粋な確認。
「特に」
私はそれだけ答える。
青年は少しだけ首を傾げる。
「それで、変化はありますか」
「困ってはいません」
彼はそれ以上追及しない。
午後、読書室の前で再びすれ違う。
「この場所は、随分と緩やかですね」
「そうですね」
「効率は悪くありませんか」
私は本を抱え直す。
「急ぐ必要がないので」
彼は一瞬、言葉を失う。
夕方、庭に立つ。
彼が近づいてくる。
「あなたは、ここで何をしていますか」
「何も」
「それでは、意味がないのでは」
私は空を見上げる。
「意味は、必要ですか」
青年は答えない。
彼は速い。
問いも、結論も、視線も。
ここは、速さを求めない場所だ。
夜、部屋に戻る。
窓を開けると、風が穏やかに流れる。
速すぎる人が来た。
けれど、私は走らない。
ここでは、急がないことが前提になっている。
私は灯りを落とす。
速さは、いずれ疲れる。
そのとき、この空気がどう映るのか。
まだ、分からなかった。
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