第47話 まだ、ここにいる
朝、目を覚ますと、外は静かだった。
風の音も、鳥の声も控えめで、
時間がゆっくり流れているように感じる。
私はしばらくベッドに座ったまま、
何も考えずに呼吸を整えた。
急ぐ理由はない。
決めなければならないこともない。
それが、今の状態だった。
食堂へ行くと、いつもの席がある。
椅子は二つ並び、どちらも使われている。
彼は新聞を閉じて、顔を上げた。
「おはよう」
「おはようございます」
それだけで、朝は始まる。
特別な話題は出ない。
今日の予定も、先の話も。
「今日は、少し暖かくなりそうですね」
「そうですね」
それで十分だった。
午前中、私は庭を歩く。
彼は屋敷の中にいるようだった。
同じ場所にいなくても、
不安になることはない。
私は、木陰のベンチに腰を下ろし、
葉の揺れる音を聞く。
少し前まで、
ここにいる理由を探していた気がする。
逃げてきたのか、
選ばれなかったのか。
そういう問いを、
何度も頭の中で繰り返していた。
今は、違う。
理由がなくても、
ここにいられる。
午後、川辺へ向かう。
水面が光を反射して、きらきらしている。
彼は、少し遅れてやってきた。
「……いい天気ですね」
「ええ」
並んで立つが、
距離は変わらない。
私は、ふと気づく。
選ばれたわけでもない。
選んだわけでもない。
それでも、
ここにいることは、
もう揺らいでいない。
夕方、屋敷に戻る。
使用人たちが、それぞれの仕事をしている。
誰も、私を特別扱いしない。
でも、軽んじてもいない。
その扱いが、
いちばん楽だった。
夜、部屋に戻り、灯りを落とす前、
私は窓の前に立つ。
外は、静かだ。
「……まだ、ここにいる」
それは、確認ではなかった。
宣言でもない。
ただの事実だった。
ここにいる理由は、
これから変わるかもしれない。
変わらないかもしれない。
でも、今は。
私は、ここにいる。
それだけで、
今日は十分だった。
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