第44話 名前を呼ばれない日
その日は、朝から会話が少なかった。
食堂で顔を合わせたときも、
彼は軽く会釈をしただけで、
私の名前を呼ばなかった。
「おはよう」
「おはようございます」
それだけ。
呼ばれないことに、理由は思い当たらない。
昨日、何かあったわけでもない。
機嫌が悪そうにも見えない。
ただ、そういう日なのだと分かる。
朝食のあいだも、
彼は天気の話をするだけで、
私を呼ぶことはなかった。
「今日は、風が穏やかですね」
「ええ」
それだけで十分だった。
午前中、庭を歩く。
彼は少し離れた場所で作業をしているらしい。
視線が合っても、
名前は呼ばれない。
私は歩きながら、
胸の奥を確かめる。
気にしていないわけではない。
でも、不安にもならない。
「……今日は、そういう日」
自分に言い聞かせるように、そう思う。
昼過ぎ、廊下ですれ違う。
「失礼します」
「どうぞ」
言葉は丁寧だ。
距離も、昨日と変わらない。
名前だけが、使われていない。
午後、部屋で本を読んでいると、
少しだけ集中が切れる。
呼ばれなかった一日を、
数える必要はないはずなのに、
意識はしている。
それでも、理由を探そうとは思わなかった。
夕方、庭に出る。
彼は川の方を見ていた。
「……今日は、水が澄んでいますね」
「そうですね」
やはり、名前は呼ばれない。
私は、少しだけ息を吐く。
呼ばれないからといって、
距離が戻ったわけではない。
呼ばれる日も、
呼ばれない日もある。
それだけのことだ。
夜、部屋で灯りを落とす前、
今日一日を振り返る。
名前を呼ばれなかった。
でも、関係が揺らいだ感じはしない。
「……大丈夫」
小さく呟く。
窓を開けると、
夜風が静かに入ってくる。
呼ばれない日があっても、
ここにいる理由は変わらない。
そう確かめて、
目を閉じた。
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