第43話 二人でなくても成立する時間
朝、庭に出ると、空気が少し冷えていた。
私はいつもの小道を歩き、ベンチに腰を下ろす。
今日は、川へは行かない。
特に理由はない。
屋敷の方を見ると、彼の姿は見えなかった。
外出しているのか、別の用事か。
考えようとして、やめる。
知らなくても困らない。
それが、今の距離だった。
午前中、私は部屋で本を読む。
途中で集中が切れ、ページを閉じる。
静かだ。
誰かの気配は、遠い。
それでも、落ち着かない感じはなかった。
昼過ぎ、食堂へ向かう。
椅子は二つ並んでいるが、私は一人で座る。
「今日は、お一人ですね」
使用人が、何気なく言う。
「ええ」
それ以上、話は続かない。
食事を終え、庭を抜ける。
木陰に、あの新しい滞在者の姿があった。
誰かと話している様子はない。
でも、以前より表情が柔らかい。
私は声をかけず、そのまま通り過ぎる。
午後、屋敷の外へ少し出る。
市場までは行かず、門の外を眺めるだけ。
戻るとき、管理人とすれ違った。
「今日は、別々に過ごされていますね」
「そうですね」
それだけ。
確認でも、詮索でもない。
夕方、川の方から足音が聞こえる。
振り向くと、彼が戻ってきたところだった。
「……おかえりなさい」
「ただいま」
それだけで、並んで歩くことはしない。
屋敷に戻り、それぞれ別の方向へ向かう。
夜、食堂で再び顔を合わせる。
今度は、二人とも席に着く。
会話は少ない。
でも、空気は変わらない。
食事を終え、部屋に戻る前、私はふと思う。
今日一日、
ほとんど一緒にいなかった。
それでも、
何も欠けていない。
部屋で灯りを落とす。
二人でなくても、
一日は成立する。
それを確かめられたことが、
静かに、心に残っていた。
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