第42話 戻ってくる音
その音は、とても控えめだった。
門が開く音。
砂利を踏む足音。
それだけで、十分だった。
私は庭の端で、木の葉を拾っていた。
特別な用事はない。
ただ、そこにいただけ。
「……ただいま」
声は、少し離れたところから聞こえた。
顔を上げると、あの青年が立っている。
出て行ったときと、ほとんど変わらない様子で。
「おかえりなさい」
私の返事も、それだけだった。
近づかない。
駆け寄らない。
理由を聞かない。
彼は軽く頷き、荷を管理人に渡す。
「何事もなく?」
「ええ。そちらも?」
「変わりません」
その会話で、十分だった。
午前中、私は庭を歩き、
彼は屋敷の中で何かを確認していたらしい。
同じ場所にいるけれど、
同じ時間を過ごしているわけではない。
昼前、食堂で再び顔を合わせる。
椅子は、二つ並んだまま。
どちらが先に座るかも、気にしない。
「……留守の間、何かありましたか」
彼がそう聞く。
「少し、新しい方が来ました」
「そうですか」
それ以上、話は続かない。
聞かれなかったことを、
物足りないとは思わなかった。
午後、川辺へ向かう。
今日は並んで歩いている。
でも、距離は昨日までと同じ。
「……音が、違いますね」
彼が言う。
「何の音ですか」
「戻ってくるときの」
私は一瞬考えてから、答えた。
「そうですね。静かでした」
「ええ」
それが、彼の望んだ答えだったのかどうかは分からない。
でも、確認はされなかった。
川に着き、それぞれ別の石に腰を下ろす。
水の流れは一定で、
不在だった数日を感じさせない。
「……いない間、席はどうなっていましたか」
「そのままでした」
「そうですか」
少しだけ、息を吐く音がした。
夕方、屋敷へ戻る。
使用人が、何気なく言う。
「戻られたのですね」
「ええ」
それだけで、話は終わる。
夜、部屋で灯りを落とす前、
私は今日一日を振り返る。
再会だった。
けれど、出来事ではなかった。
離れて、戻ってきた。
それだけ。
「……戻ってくる音って、こんなものなのね」
私は窓を少し開ける。
夜風が、静かに入ってくる。
遠くで、川の音がする。
離れても、戻る。
戻っても、騒がない。
その距離が、
今日も変わらず、ここにあった。
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