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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: はねださら


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第41話 役目を引き受けない

その相談を持ちかけられたのは、午後の静かな時間だった。


庭の端で本を読んでいると、足音が近づく。

顔を上げると、先日来たばかりの滞在者――あの若い女性が、少し迷うような表情で立っていた。


「……少し、よろしいでしょうか」


「はい」


返事をすると、彼女は私の隣ではなく、向かいのベンチに腰を下ろした。

距離を選んだ、という感じだった。


「こちらに来てから、まだ勝手が分からなくて……」


言葉を探しながら、彼女は話し始める。

体調のこと、夜の静けさのこと、王都に残してきた用事のこと。


私は、相槌を打ちながら聞いていた。

否定も、助言もせずに。


「……どうしたらいいのか、分からなくなってしまって」


そこで、言葉が止まる。


私は一度、本を閉じた。


「それは……管理人に相談した方が、いいと思います」


彼女は少し驚いたように目を瞬く。


「え……?」


「ここでの過ごし方や手続きは、私より詳しいので」


突き放す調子ではなかった。

けれど、引き受ける響きでもない。


彼女は少し考えてから、ゆっくりと頷いた。


「……そう、ですね」


その顔に、落胆はなかった。

むしろ、肩の力が抜けたように見えた。


「話を聞いてもらえただけで、少し楽になりました」


「それなら、よかったです」


それ以上、言葉を足さない。


彼女は立ち上がり、軽く頭を下げた。


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


その背中を見送りながら、私は息を整える。


役目を引き受けなかった。

でも、拒んだわけでもない。


午後の光が、庭に長い影を落とす。


しばらくして、管理人がこちらへ来た。


「先ほどの方、少しお話しされたようですね」


「ええ。管理人に相談するといいと伝えました」


「そうですか」


それだけで、話は終わる。


確認も、評価もない。

それが、この場所のやり方だった。


夕方、食堂へ向かう途中で、彼女とすれ違う。

今度は、表情が落ち着いている。


「……ありがとうございました」


小さな声で、そう言われる。


私は会釈するだけで、立ち止まらなかった。


夜、部屋で灯りを落とす前、今日のことを思い返す。


誰かの話を聞いた。

けれど、背負わなかった。


答えを渡さず、行き先だけ示した。


「……それで、いい」


役目を引き受けないことは、冷たさではない。

それぞれが、自分の場所に戻れるようにするだけ。


私は窓を少し開け、夜風を感じる。


ここにいる理由は、増えていない。

ただ、境界線が、少しだけはっきりした。


それで、今日は十分だった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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