第39話 空いた席
朝の食堂は、いつもより少し静かだった。
皿の音が、よく響く。
それだけの違い。
私は席に着き、
湯気の立つスープを見下ろす。
椅子は、二つ並んだまま。
片方は空いている。
「……変えなくていいんですね」
思わず、そう呟いた。
使用人は、少し考えてから答える。
「動かす理由が、ありませんでしたので」
「そうですか」
それで、話は終わる。
私は空いた椅子を、
特別なものとして見なかった。
誰かの席、というより、
座ってもいい場所が一つある、
それだけだ。
朝食を終え、庭に出る。
風は穏やかで、
木々の葉が静かに揺れている。
彼がいないからといって、
歩く道を変える理由はない。
私はいつも通り、
小道を進む。
川辺に着き、
石に腰を下ろす。
今日は、誰も近くにいない。
それでも、
落ち着かない感じはなかった。
水の流れは一定で、
音も変わらない。
「……今日は、ここまでね」
そう言って立ち上がる。
昼過ぎ、屋敷に戻ると、
管理人が帳簿を抱えて立っていた。
「今日は、静かですね」
「ええ」
「こういう日も、いいものです」
それは感想であって、
慰めではない。
私は頷く。
午後は、部屋で手紙を書く。
宛先のない下書きのようなもの。
誰かに送るつもりはない。
言葉を整えるだけで、
十分だった。
夕方、再び食堂へ行く。
椅子は、やはり二つ。
今度は、
その配置に何の意識も向かなかった。
私は自然に座り、
食事をする。
「……一人ですね」
使用人が、何気なく言う。
「ええ」
それだけ。
「寂しくは?」
聞き返されることはなかった。
夜、部屋に戻る。
灯りを落とす前、
ふと食堂の光景を思い出す。
空いた席。
何も置かれていない椅子。
そこに、
意味を足さなくてよかった。
窓を開ける。
夜風が、静かに入ってくる。
私は思う。
不在は、
必ずしも欠けていることではない。
空いているだけ。
戻る余地があるだけ。
「……それで、いい」
そう呟いて、
目を閉じる。
空いた席は、
今日もそのままだった。
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