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婚約破棄されたので、距離を取ったら溺愛されました  作者: はねださら


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第32話 席が二つになる

朝、食堂に入ると、

いつもの席に違和感があった。


椅子が、二つ並んでいる。


特別な装飾も、

誰かの名前札もない。


ただ、

一つだった席が、自然に二つになっている。


 


私は立ち止まって、それを眺める。


「……変えたんですね」


誰に向けた言葉でもない。


使用人は、

少し困ったように首を傾げた。


「以前から、

 その方が動線が良くて」


理由は、それだけ。


誰かのため、とは言われない。


「そうですか」


私は頷いて、

そのまま座る。


どちらの椅子に座るかは、

考えなかった。


 


少し遅れて、

あの青年が入ってくる。


彼は一瞬だけ椅子を見て、

それから私を見る。


「……座っても、いいですか」


確認だった。


「ええ」


彼は、もう一つの椅子に腰を下ろす。


距離は、

近すぎない。


けれど、

離れすぎてもいない。


 


食事は、静かに進む。


皿の音と、

食器の触れる音。


会話はほとんどない。


それでも、

空気が途切れない。


 


「……席、増えましたね」


彼が、ぽつりと言う。


「ええ」


それ以上、

言葉は続かない。


理由を探る必要もない。


 


午前中、庭を歩く。


今日は、並んで歩いている時間が少し長い。


話さない時間も、

気にならない。


 


川辺では、

いつも通り別々の石に腰を下ろす。


それでも、

視界の端に相手がいる。


「……一人じゃないですね」


私がそう言うと、

彼は少し考えてから答えた。


「ええ」


肯定も、

強調もしない。


事実を受け止めただけ。


 


午後、部屋に戻ると、

机の配置が少し変わっていた。


誰かが触った様子はない。


ただ、

椅子がもう一つ、

壁際に置かれている。


座るため、というより、

置いておいても問題ないという配置。


 


夕方、雨上がりの庭に出る。


地面はまだ湿っている。


私は歩きながら、

ふと思う。


誰かが隣にいることを、

説明しなくていい。


理由を用意しなくていい。


それが、

こんなにも静かな変化だとは。


 


夜、部屋に戻り、灯りを落とす。


今日一日を思い返しても、

何かが決定的に変わった感じはない。


けれど、

戻す必要も、なかった。


席が二つになる。


それは、

誰かを迎え入れたというより、

一緒にいてもいい余白ができた

ということ。


 


私は目を閉じる。


選ばなかったまま、

選ばれてもいないまま。


それでも、

確かに変わった景色が、

ここにあった。


 

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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