第100話 ここに残るもの
朝、庭はいつも通りだった。
ベンチには、ミレイアが座っている。
以前のような迷いはない。
だが、完全に消えたわけでもない。
それでいい。
私は小道を歩く。
視線を向けない。
それでも、気配は分かる。
ミレイアは立ち上がらない。
ついてこない。
ただ、そこにいる。
それだけで、十分だった。
川辺に向かう。
石に腰を下ろす。
水は変わらず流れている。
しばらくして、足音が聞こえる。
ゆっくりと。
だが、止まらない。
ミレイアは少し離れた場所に立つ。
距離は一定。
近づかない。
離れすぎない。
「……おはようございます」
「おはようございます」
それだけで終わる。
午前中、庭は静かだった。
誰も急がない。
誰も指示を出さない。
それでも時間は進む。
ミレイアは自分の場所にいる。
ベンチに座る。
立ち上がる。
歩く。
戻る。
そのすべてを、自分で決めている。
昼過ぎ、食堂に入る。
席はいつも通り。
誰も決めない。
誰も誘導しない。
ミレイアは少しだけ立ち止まる。
考える。
そして、座る。
そのあと、何も確認しない。
午後、庭に出る。
風が少し強い。
葉が揺れる。
ミレイアはベンチにいる。
私は通り過ぎる。
ミレイアは動かない。
だが――
ほんの少しだけ、視線が向く。
それで終わる。
夕方、川辺に立つ。
水は変わらない。
ミレイアは少し遅れて来る。
距離は変わらない。
「……ここに来て」
ミレイアが言う。
私は水面を見る。
「最初は、何もできませんでした」
「ええ」
「今も、全部できるわけではありません」
風が流れる。
「でも」
少し間を置く。
「選べるようになりました」
私は何も言わない。
それでいい。
ミレイアは続ける。
「離れても、大丈夫でした」
「ええ」
「近づかなくても、大丈夫でした」
その言葉は、静かだった。
だが、確かだった。
夜、部屋に戻る。
窓を開ける。
風は変わらない。
人は変わる。
来る人もいれば、去る人もいる。
だが、この場所は変わらない。
それが、この場所の形だった。
私は灯りを落とす。
ここに残るもの。
それは、人ではない。
時間でもない。
ただ――
選べる余白だった。
第100話までお読みいただき、本当にありがとうございます。
この作品は、派手な展開や大きな事件ではなく、
「人が少しずつ整っていく過程」を描いてきました。
気づけば100話。
誰かが来て、迷って、選んで、去っていく。
その繰り返しの中で、この場所は変わらず在り続けています。
ここまで読んでくださった方は、きっと
「何も起きていないのに、何かが変わっている」
そんな感覚を受け取っていただけたのではないでしょうか。
もしこの空気が少しでも心地よかったなら、
ブックマークや評価で応援いただけると、とても励みになります。
ここで一区切りとなります。
あとはエピローグを残すのみとなります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




