第十一話:おとぎ話と夢物語(その13)
「プラシット!」
と、キム少女と清瀧がアホみたいに長い呪文の最後のことばを唱えた。
すると――、
例えばここで『ラピュ○』であれば、問題の石から青い光があふれ出し城の崩壊でも始まりそうなところではある。
ではあるが、しかし――、
もしそんなことをすればさすがに東京都小金井市あたりから遺憾の意が表されるかも知れないとこの小心者の作者は想うわけで (注1)、
で、あるからして、この小心者の作者は――、
青い光をあふれ出すこともさせなければ、城や塔や山を崩壊させることもしなかったわけで、
ただ、その代わりに――
ブブッ。
と云う奇妙な音とともに青黒い空間を現れさせると、
グオン。
と云う不快な音とともに金髪碧眼の妙齢女性 (注2)をその空間内に現れさせ、
シュン。
と云う珍奇な音とともに、その青黒い空間に、その金髪碧眼の女性を吐き出させたのであった。
*
新中野の駅に下りる階段の途中で坪井東子 (28)は、フッと立ち止まると、たぶん涙で困ったことになっているであろう顔の化粧を、駅構内の化粧室で直すべきか、それとも先ほど見掛けたコンビニエンスストアの化粧室を借りるべきかで悩み始めた。
悩み始めたのだが、そんな彼女の迷いを知ってか知らずか、直後、階段入り口のほうから、
コホン。
と、ちいさな咳ばらいが聞こえた。
そのちいさな咳ばらいに坪井東子が地上のほうを見上げると、そこには金髪碧眼の妙齢女性 (注3)が――なぜか上海ガニを片手に――こちらを向いて立っているのであった。
*
「おーい、ごはんが出来たぞーー」
と、樫山泰仁 (28)の声が古ぼけた台所から聞こえ、
「ンゴ。 (訳:やれやれ世話が焼けるな)」
と、フェンチャーチ (オス、初代。16才8ヶ月)が、しゃべりにくそうな声でやって来た。
「買い出しに行くの忘れてたから、昼間のみそ汁にニボシ足しただけだけど――」
そう言い掛けて泰仁は、その老描の口になにやら白い紙片があることに気付いた。
「お前、なにくわえてんだ?」と、その紙切れを取り上げながら泰仁が言い、
「ンナゴ。 (訳:オレも頼まれただけだから分かんねえけどよ――)」と、ネコは応えた。「ナゴ。 (訳:どうやらおっぱいと関係があるみたいだぜ)」
「あーあ、文代さんからもらってた名刺じゃないか」
「ゴロナゴ。 (訳:ちょっといいかおりもしたしな)」
「もう、ベタベタにして――」
「ナゴ? (訳:ダンナに渡せば分かるって言われたんだけどな?)」
「ああ、あたらしい担当さんの名刺らしいんだけど――」
そう言いつつ泰仁は、名刺を持つ手とは反対の親指で小鼻のあたりを掻くと、
「電話かけるように言われてたのすっかり忘れてたな――」
と続けた。
すると、
「ンナゴゴ。 (訳:若いのにジジイみたいな生活してるからだよ)」と、皮肉めいた笑いとともにフェンチャーチが言い、
「あ?うるさいなあ、よけいなお世話だよ」と、泰仁は応えた。「――ってか、さっきからなんかカニくさくないか?」
*
蒼海君の登場に我々不良少年の熱は高まっていた。
「“それから彼女は久々の――きっとこの身体になってからは初めてであろう――空間移動に少々酔ったのだろうか、フラフラッとした足どりで 《バイランシヤ》の大地に降り立つと、その朱色の衣をひるがえしながらキョロキョロ。と、ひと渡り周囲を見まわした。”」
そういつもの調子を取り戻しながらリーダーは続ける。
「“すると、ちょっと離れた場所にどこかで見たような感じのふたり組がいることに気付いた彼女は――”」
*
「あら?背が伸びたようですね」と、先ずは黄の衣をまとった少女に声を掛けた。
すると、突然あらわれた女性に突然訊かれたキム少女は、その質問には答えず、
「蒼海君……?」
と、まるでリュウキュウズアカアオバトがジャケツイバラ亜イナゴ豆鉄砲でも喰らったような顔になって、逆に彼女に問い掛けた。
「……どうしてここに?」
*
地下鉄の入り口に突然あらわれた女性の姿に、坪井東子は、なにかデジャヴめいたものを感じると、いま降りて来たばかりの階段を、ひとのながれに逆らいながら、ふたたび上って行った。
「あの――」
と、頭のなかにあるさまざまな記憶を呼び起こしながら彼女が声をかけようとした瞬間、
ブブブ。
と、ポケットのスマートフォンが鳴り出した。
『――樫山?』
編集長から教えてもらった新しい担当作家からの着信だった。
でも、さすがにいまは仕事をするような気分では――、
「出たほうがエエんちゃう?」
と、突然、右手の親指と小指を電話に見立てながら女性が言った。
「ひょっとしたら、宇宙的にも大事な電話かも知れへんよ?」
*
「“「“ほろびの呪文”?」と、その碧く大きな瞳を細めながら蒼海君が訊きかえす。「そのようなぶっそうなもの、私がわたすわけないでしょう?」”」
と、蒼海君の仕草を真似つつリーダーが言うと、観客席のそこかしこから――主にその若年メンバーたちから――くすくす笑いが漏れる。
「“するとこんどはキム少女。こちらはこちらで氷種黒曜石のような黒く透き通った瞳を大きく広げながら、「でも、頂いたメモに……」と応える。”」
*
そうしてまた、このふたりのやり取りを眺めていた清瀧は、
『あのクソババア――』
と、血まみれのままに想っていた。
『間違ったメモを渡しやがったな……』(注4)
*
さて。
前にも書いたとおり、蒼海君が石に刻んだ呪文は九つ。
そのどれをおろそかにしても石の力は衰えてしまうらしいのだが、それよりも問題だったのは、そんなに多くの呪文に対応するだけの機能・能力の方を彼女が想い付けなかったことにある。
「光学迷彩……、急速冷却……、絶対防御……、時間停止……、云々かんぬん……」
と、八つ目の機能までは順調に想い付いた彼女なのであったが、
「うーん?どうしても九つ目が想い付きませんね……」
と、最後の最後でアイディア切れを起こしたらしく、三日三晩昼間も寝ずに考え悩んだ挙句、結局、いちばん長くていちばん覚えにくい呪文には、
「“緊急救難信号”を入れておきましょう」
という結論に至ったらしかった。
これは、この呪文さえ唱えれば、唱えた者のところに蒼海君本人が無理矢理呼び出されてしまう。という機能だったのだが、
――そんな大事な機能、そんな長くて覚えにくい呪文でいいんですか?
「まあどうせ、私を呼ぶひとなどいないでしょうし――」
*
「ほら、はよ出んとホント切れてまうで」
そう言うと女性は、なぜだが手にしていた上海ガニの足を坪井に放って寄こした。
「“永遠は時間が生んだものを愛している”――時間は止まらんし戻らんし還っても来いへん。お嬢ちゃんもいまは大変かも知れんけど…………って、それカニの足か?」
と彼女はおどろいたが、彼女以上におどろいているのは坪井である。
キャッ。
とばかりに彼女は、そのカニの足を振って捨てると、
「あなたいったい――」と言い掛けて、途中で言葉を変えた。「その格好、ひょっとして――」
が、それを予期していたのかそれとも偶然なのかは分からないが――彼女のことはいつもまったく分からないが――こんどは小さな赤い果実がひとつ、坪井のもとに投げられていた。
「ごめん。あげたかったんはこっちやった」
そう言って女性は、いつものはにかんだ笑顔を彼女に見せた。
(続く)
(注1)
それを言い出したら某国国営放送で1990年4月13日から1991年4月12日にかけて毎週金曜日19時30分から放送されていたテレビアニメ (全39話)に遺憾の意は表されたのか?――という単純素朴な疑問も湧いて来そうなものであるが、あちらはそもそも『未来少年コ○ン・パート2』として準備され立ち消えになった企画 (のちに『ラ○ュタ』に転用)を某国国営放送のプロデューサーが当時世界一のオタク集団であった某アニメ製作スタジオに持ち込み製作させたという経緯があるので、これらふたつのアニメに類似点が多いのは当然のことであり、遺憾の意どころかそもそもの企画立案者であるところの某国超有名アニメ監督などは「よくぞ復活させてくれた」と、その某国国営放送で放送されたアニメの監督――こっちはこっちで世界的にも超有名なアニメ監督なんだけど――にねぎらいの言葉のひとつぐらいかけてやっても良いところなのだろうが、あのツンデレガンコオヤジ、なにを考えているのやら、ねぎらうどころかことあるごとにそのもうひとりの超有名アニメ監督の作品を非難したりディスったりしては果ては自作のアニメ映画に (アニメーターとしてではなく)声優として参加させるという「それは本当にして良いことなのか?」とちょっと大人としてそれは如何な (以下略)
(注2)
最初“年配の女性”って書いてたら上海ガニのツメで攻撃して来やがったので“妙齢女性”に変更した。
(注3)
“注2”に同じ。
(注4)
この回の“その7”を確認のこと。
「“石のちから”なるものを解放しさえすれば、石の周囲三里四方は跡形もなく消し去られてしまう」
と言った蒼海君の説明は間違ってはいないが、だからと言ってその「“石のちから”なるものを解放」させる呪文なり機能なりを石に持たせたとも彼女は言っていない。




