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第十一話:おとぎ話と夢物語(その12)

 チーン。


 と、リーダーの鼻をかむ音がして、


「じゃあ、きょうのお話はナシですか?」


 と、さっきまでとは別のハナタレが訊いた。


 するとリーダーは、


 ヂーン。


 と、今度は反対側の鼻を――先ほどよりすこし念入りに――かみ始めた。


 そんなリーダーのようすを我々ナティーボスたちはまじまじと――ある種の不安を感じながら――見詰めていたのだが、しばらくすると、そんな不安は杞憂であったと気付くことになる。


 そう。


 いつの間にか彼は、またひかりの輪の中へと戻って来ていたのである。


「そうだな――」


 そう言うとリーダーは、かみ終わったばかりのタオルハンカチをキチンと四隅を合わせながら畳み、


「これまで話したお話の中からなら、」


 と、いつものはにかみ笑顔で応えた。


「――話せないこともないかもな」


     *


 さて。


「あのな――あっちは作り話じゃないか」


 と、リーダーが語ってくれたとおり、《キム少女と蒼海君の旅の物語》は――すくなくとも2015年のおわりから2017年のはじめにかけての我々 《新中野・ナティーボス》にとっては――作り話ではなかった。


「ぼくは戦車競走のはなしがいい」


 と、先ほどのとはまた別のハナタレが言い、


「それよりミズチ退治のはなしが聞きたい」


 と、大剣をふるう玄揮――これは清瀧とはまた別の旅の仲間である――の真似をしながら別のナマイキ小僧が言い返す。


 すると、


「求婚者たちの競技会は?」


 と、こちらもまた別のナマイキ小僧が言って、


「女が出過ぎだよ」


 と、となりにすわるハナタレがそいつの横腹を肘でつつきながら応えた。


「“閘門酒宴”の話がいい」


 皆がみな、想い想いに、自分たちのお気に入りの場面をわめいたり叫んだり大きくささやいては主張する。


 雲のお城に、空を覆う彗星。


 廃墟の街に、海へと還って行くクジラ。


 果てしない砂漠にいたかと想うと、地の果てまで覗けそうな高い木の上に立っている。


 出来ることならば、その物語の隅々を、彼や彼女たちの生きた言葉を、もういちどこの目に見たい、耳に聴きたい。


 そう皆がみな、無意識に、また無分別に、想っていたのである。


「おいおい、そうしたら最初っから話すことになるじゃないか」


 と、ナティーボスたちを抑えながらリーダーは言った。


「時間も時間だ、どれかひとつにしてくれ」


 この言葉に我ら不良少年たちのわめきや叫びや大きなささやきは鳴りをひそめ、互いが互いに顔を見合わせては相手の出方をうかがいはじめた。


 すると、そんな我々の様子を見たリーダーは、


「それじゃあ――」


 と、何かしらの妥協点を提案しようとしたのだが、そこに、


「蒼海君が――」


 と、観客席のいちばん後ろ――ひかりの輪からもっとも遠いところ――に立っていたカトウ・シンが、


「――助けに来てくれたところ」


 そう、つぶやくように言った。


 不良少年たちのざわめきが静寂へと変わり、皆の視線が彼に集中する。


「“助けに”ってのは、どれのこと?」と、リーダーが訊き、


「最初の――」と、カトウ・シンは答えた。「キムとセイが死のうとしたとき――」


「《バイランシヤ》の山?」


「ふつうは――、だれも助けに来てくれないですから」


     *


 ――そりゃあ僕だってですね、ホントは泣いてる女の子をほうっておくなんてことはしたくないですよ。


 ――でもだからと言って歴史を変えるわけにはいかないし、それやっちゃったらいままで書いて来たこのお話だって全部やり直しとか書き直しとか、すくなくとも矛盾が出て来ないかどうかの見直しはしなくちゃならないワケで、それぐらいは分かりますよね?


 ――ですから、あなたの性格上こーゆー場面でなんにもしないってのは我慢出来ないことかも知れませんけど、そこはそれ、すこしは大人になって頂いてですね、今日のところはこのまま戻って、この時間の泰仁くんの様子はまた日を改めて見に来ましょうよ。


 ――って、なんだかいやに静か…………あれ?


 ――お姉さん?……お姉さま?……おーい、キレイでセクシーなお姉…………あのクソババア、だまって行きやがった!!


     *


「ナン? (訳:なんかめずらしい顔だな)」


「シーッ。しずかに。――あんたひとりか?」


「ナム? (訳:ダンナに用なら呼んで来ようか?)」


「ああ、ちゃうちゃう。アレに会いに来たんちゃうねん。とくに今回は」


「ナアゴ。 (訳:たまには顔見せてやれよ。寂しそうだぜ、ダンナ)」


「あ、でも、なかなかそういうワケにもイカンくてね」


「フゴ。 (訳:メスッ気っていやあ、あのモッサイ妹さんぐらいでよお、オレも正直つまんねえんだよ)」


「あ、ならそこは安心して――ってか、なんかいいにおいするね」


「ナー。 (訳:ああ、ダンナの知り合いから山ほどリンゴが届いてさ。よかったら持っていきなよ)」


「ホント?あたしリンゴ大好きでさあ――」


「ナーン? (訳:ってかなんでカニ臭えんだ?アンタ)」


「あー、そこは話せばなっがーいおはな――」


「ナッ。 (訳:だったらいいよ)」


「えー、けっこうおもし――」


「ニャッ。 (訳:ってかメスの話はどこ行った)」


「ああ、そうそう。それが、あんたはまだ知らんやろうけど、あのアホ、あたしなんかよりぜんぜんエエ子と知り合う予定になってんのよ」


「ナ? (訳:今度はちゃんと胸はあんのか?)」


「うん。おっぱいもけっこう大きいし見た目も女の子っぽくてやさしい感じの――アンタ、いまあたしのことディスった?」


     *


 バイランシヤの山中に例のアホみたいに長い呪文 (クルンテープ・マハーナコーンなんたらかんたら)が響き渡る。


 もちろん。


 皇帝以下帝国の兵士たちは普通の常識人なので、こんなアホみたいに長い呪文を悲壮な面持ちと哀しげなBGM付きで唱えられてはうろたえるしかない。


 なので、


「……なんだ (そのアホみたいに長ったらしい)それは?」


 と、皇帝もそう訊くぐらいしかやることがない。


 ほんと、正直、なぜこんな場面でこんな長ったらしい呪文を唱えることになったのかは、このお話の作者も泰仁くんもいま持ってよく分かっていないのだが、きっと、この呪文を設定した“あの人”が適当に開いた本のなかで適当に見付けた名前をそのままパクったであろうことは、まあ間違いないことであろう。


 で。


「……サッカタッティヤウィサヌカム」


 と、ここまで唱えたところで少女と清は、互いが互いの手をつよく握りしめると、振り絞るような声で、最後のことばを唱えた。


「……プラシット!」


 バンコクの正式名称であった。



(続く)

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