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第十一話:おとぎ話と夢物語(その11)

 黄昏に気づき始めた街灯たちが今夜の仕事をはじめ、ボールやミットや金属バットがそのひしめき合う音を止めると、その静寂に合わせるように我々ナティーボスたちも、グラウンドはずれの灯かりの下へと集まって行く。


 そう。彼らはみな、やっと 《少女と蒼海君の旅の物語》の時間が来たのだ。と、そう期待しているのである。


 が、しかしこの日、肝心の語り部である我らがリーダーは、ボールバケツを車のほうへ持って行ったまま、未だ帰って来てはいなかった。


「おそいね」と、最年少のハナタレが言い、


「おれ、ちょっと見て来ましょうか?」と、ロクハがわたしに訊いて来た。


 わたしは、ロクハやそのハナタレに、


『今日の物語はないかも知れない。』


 と言おうとしてみたのだが、どうしてもその理由をうまく説明出来る自信がなく、ついつい地面を向いたまま、そのまま押し黙ってしまった。


「どうしたんスか?兄貴?」


 と、ロクハがその女のような顔でわたしの顔をのぞき込み、


「やっぱ、おれ、呼んで来ますよ」


 と、立ち上がりかけたその時、


「あ、もどって来たよ」


 と、例のハナタレがうれしそうな声で言った。


 リーダーは、レフトスタンドの入り口からグラウンドへと戻って来ると、まっすぐと、しかしためらうような足どりで、我々が取り囲む光の舞台のほうへとあゆみを進めていた。


 彼は、ジャケットの襟を立て、地面を見詰め、散髪をすませたばかりだった髪も、いまは西からのつよい風でボサボサになっていた。


「きゅうにさむくなったしね」


 と言った、ツボイ・トウコ嬢の言葉が想い出された。


「それで――」と、光のなかに入りながらリーダーは訊いた。「どこまで話したっけ?」


「前回はなしたところまで!」と、いつもの調子でハナタレたちが声をあげた。


 わたしは、蒼海君が着けていたという虹色のマフラーのことを想い出していた。


「灰に沈んだ街のはなし?」と、いままで出て来たこともない場所が示され、


「ちがう!」と、いつもの調子でナマイキどもがどなり返した。


 リーダーにこそあの虹色のマフラーが必要だ、そうわたしは想った。


「ネコと話せる双子のお話はしたんだっけ?」と、いままで出て来たこともない人物があげられ、


「それもちがう!」と、ふたたびいつもの調子で不良少年たちはどなり返した。


 それから、


「ああ、ごめんごめん」と、リーダーはワザとらしく頭を掻くと、「冥界の鬼たちに追われたイサ王が――」と言ったところで、とつぜんしゃべるのを止めた。


 それから、


「ごめん。ごめん」


 そう言って笑いながらリーダーは、ジャケットのポケットからタオル地のハンカチを取り出すと、


 ケホ、ケホ。


 と二つ三つ咳こんでから、


「イサ王が抛げ抛った赤い実が――」


 と、続けた。


「お妃との間を隔てる大きな岩になったんだったな」


 と、続けたのだが、


 今度もまた笑いながら彼は、


 言葉を詰まらせると、


 まるで砂ぼこりが目に入ったかのような表情をいっしゅん見せた後、


 そのタオルハンカチを、


 こんどは両方の目に当てた。


 それから、


「ごめん。ごめん」


 と、ひかりの輪からはみ出しそうになりながらリーダーは、


「じつは、この続きは、まだ知らないんだ」


 と言って、かなしそうに笑った。


「えー?!」


 と、例のハナタレが叫び、


 それから、


「いや、ほんとゴメン」


 と、両手を合わせながらリーダーは応えた。


「次回までには、ちゃんと読んでおくよ」


     *


「ンナ? (訳:グリーンモールは夕飯時だぜ?)」


 と、フェンチャーチ (オス、初代:16才8ヶ月)が、自身の主人に声を掛けた。


 掛けたのだが、このとき問題の主人は、


「えーっと…………“「彗星の移動速度……現在時速――」”って、彗星の移動速度ってどのくらいだっけ?」


 と、執筆という名のひとり言の真っ最中であり、そのロシアンブルーを彷彿とさせる (注1)愛猫の声も聞こえないほどであった。


「――まあ、あとで調べればいいか。

 “「ってことは、秒速だと?」”……と“あの人”が訊いて、

 “「だいたい、秒速**kmですね」”と、少女が応える。

 それから“あの人”が、

 “「うひょお、猛スピードじゃん」”って、いつもの楽しそうな口調で笑って――」


 すると、このロシアンブルーもどきの老描は、


 ヨッコラショ。


 とばかりに主人の肩に飛び乗ると、


「お、おい、ちょっと」


 と驚き嫌がる彼の言葉は無視しつつ、彼のパソコンのディスプレイをのぞき込むと、


「どうした?どこか気になる部分でもあるのか?」と問う主人の言葉に、


「ナアゴ。(ダンナにしては良くかけた文だ)」と返した。「ゴロナゴ。(訳:七枚も書いた)」


「そうかい?だったらいいんだけど」


「ナフ。(訳:“あの人”に向けたラブレターだもんな)」


     *


 ――でーすーかーらー、それがNGだってことぐらいは分かるでしょ?


「なんでよ?こっちのふたりの別れが確定だってんならさ、あのエロメガネをここに連れて来るぐらいはエエでしょ?」


 ――なに言ってんですか?あなたが会いに行ったら、それこそ過去が変わっちゃいますよ。


「あ?…………なんで?」


 ――ホントに分かんないんですか?


「だって、あのアホに“未来の奥さんが泣いとるからちょっと行ってなぐさめてやれ”って言うだけやろ?あのアホと嬢ちゃんがくっ付くのは確定事項なんやさかい、あたしがその手助けを…………そういうこと?」


 ――いまの泰仁くんにアナタを会わせたら“未来の奥さん”すら捨てかねませんよ。


「…………あー、まー、あー、あー、もーー、…………困るなあ……」


 ――とか言いながらちょっとニヤケてんじゃないですよ。


「だったらあんた行って、あのツンデレ連れて来てよ」


 ――ですから、ほっとけばイイんですって。どうせ落ち着くとこに落ち着くんですから。


「でもさあ――」


 ――デモもストライキもありませんって。


「でも…………泣いとる女の子ほっとくワケにもいかんやろ?」 



(続く)

(注1)

 ということは、絶対にロシアンブルーではないということである。

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