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「確かに契約書には機密を守ることも守秘義務のようなことも書いてあったけど、あんなの普通読まないよ。時間の無駄」
ボートが研究所の近くにある小さな桟橋にたどり着く。
「よっと」夏は遥を無視して地上に上がる。遥がボートから手を差し出してくるので夏はその手をとって遥を地上に引っ張り上げた。
「お昼作るの手伝うよ」夏は言う。二人で料理も結構楽しそうだ。
「夏。料理できないでしょ。私がするから別にいいよ。座って待ってて」二人は研究所まで伸びている螺旋階段を上っていく。少しの間、二人は無言になる。
……静かで薄暗くてぼんやりと光っている光源が遠くのほうに少しだけ見えて、周囲の風景はなんだかとても幻想的だ。でも一人ではちょっと寂しい。やっぱり二人だから楽しめるんだ。遥だって文句言うけど結構楽しそうだし。きっとそうだ。
「ここの設計は全部遥がしたの?」
「初期は違うけど今存在している建造物は全部私が設計した。さっきボートで話したでしょ?」そうだっけ? 全然聞いてなかった。
「最初はどんなところだったの?」
「なにもなかったよ。車で来て地下に降りてエレベーターに乗って研究施設にでる」遥はつまらなそうに言う。そうかな? シンプルでいいと思う。列車とかボートのほうが余計なんじゃないかな? そんなことを夏は思う。




