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夏が涙をこらえていると、隣で遥が立ち上がった。夏は遥の姿を見る。遥はスマートで、とても素敵な体をしている。胸も夏よりもちょっとだけ遥のほうが大きい。その顔には研ぎすまされた無駄のない、鮮麗された美しさがやどっている。夏が遥を見上げていると、遥が夏の顔を見つめた。まるでお姉ちゃんのような遥の顔。
「どうしたの? 夏」遥が言う。
いつからだろう? 初めてあったときの遥はとても美しかったし、すでに一つの個体として完成していたけど、とても恥ずかしがり屋で、どちらかというと夏が遥の手を引いていた。夏が遥をいろんなところに連れまわしていた。今はまるで逆だ。夏が遥に連れまわされている。追っかけまわしている。今でも遥は人見知りというか、恥ずかしがり屋の面を残しているけど彼女の才能がそれを完全に上回っている。
ちょっとしたミスや冗談 子供っぽさがとても魅力的に映る。別にいいけど少し不満だ。私のほうが一つ年上なのに全然そう見えない。
いつの間にか二人の関係は逆転した。それはきっと夏が成長したことに原因がある。夏は成長し大人になった。でも遥はそうではない。遥は大人の演技をしているだけだ。夏はもう昔ほど、あのころのように無邪気には振る舞えないようになっていた。だからその対応にいちいち常識というフィルターがかかる。
遥は子供だ。ずっと子供のまま。その体の内側にあのころの遥があのころのまま保存されているんだ。いつもはその子を隠しているけど、たまに顔を出すこともある。その子を見ると夏の心はとても強く締め付けられる。いつまでも自分が遥と一緒にいられないことを痛感する。
「別になんでもない」拗ねたように言ってやった。遥は笑いをこらえているようだ。
「少し探検しようか。案内するよ」遥は夏に手を差し伸べる。その手を夏は遠慮がちに、だけど最後にはきちんと握る。遥の手はとても暖かい。自分の手を握った夏を見て、遥はにっこりと微笑んだ。
遠くで波の音が聞こえる。その音に夏は静かに耳をかたむている。




