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夏はそのまなざしに見覚えがあった。学園にいるときの遥があんな感じだった。授業を受けていても、いつも窓の外を見ていた。あれはきっと空を見ていたんじゃない。照子のことを思っていたんだ。夏は遥の隣の席だった。ほとんど遥は学園にはこなかったけど、夏は誰もいない席に、いつも遥の姿を思い浮かべていた。
一番奥の窓際の席。遥は空を見ている。夏はそんな遥を見つめる。
まつげの曲線がとてもキュートだ。耳の形も美しい。長い黒髪で隠れているうなじを見てみたい。そんなことを夏は思う。不意に遥が夏の視線に気づいてこっちをむく。夏はすぐに視線をそらしてしまう。それでもおそるおそる隣を見ると遥は笑顔を夏に与えてくれる。そしてまた空に浮気されてしまうのだ。
夏はそんな遥が大好きだった。どんなときでも遥が頭の中にいる。いつも一緒だ。学園の帰り道。門の外には迎えの車がすでに到着している。夏と遥の時間はたったこれだけ。校舎の玄関から正門のところまで、いつも一緒に歩いて帰る。
恥ずかしそうにしている夏に遥は手を差し伸べてくれる。その手を握って二人で帰る。その手の温もりは今でも鮮明に思い出すことができる。幸せだった。そこまで考えて夏は思考を閉じる。
……これ以上は、きっと泣いてしまう。泣いてばかりいてはいけない。我慢しないと。
夏は自分の感情に急ブレーキをかける。きちんとブレーキが働いた。うまく作動してくれてよかった。




