70
「もし、それが演技だとしたら?」しばらくの間、二人で黙々と食事をしてから、夏が先ほどの話の続きを始める。
「私と一緒に居る間ずっと? 七年間も?」
七年間どころか、たとえ数日間だとしても天才、木戸遥を欺くことは、(あるいはそういうことに才能を特化させている人もいるのかもしれないけれど)常人にはとても難しい。
いや、遥でなくても普通の人でも、たとえばそれが夏だとしても、毎日毎日一緒に暮している人間を騙し続けるなんてことは無理だと思う。仮面を被り、演技をし続けるなんてことは(きっと)人間には不可能だ。そんなことをすれば気が狂ってしまうだろう。でも、相手が『化け物』ならどうだろう? (あるいは、もののけ、怪物、幽霊、もしくは悪魔でもいい)化け物にならそれが可能なのではないか? 化け物にとってそれは……、つまり人間を騙すことは、ある意味で普通のことなのではないだろうか?
「それに理由もない。意識があることや喋れること。勝手に動けること。それらを私に隠蔽する理由は?」
夏は考える。しかしなんの反論も浮かんでこない。さすがに照子が人を騙す悪魔だからとは遥には言えない。そんなことを言えば、夏はきっと今すぐにでもここから追い出されてしまうだろう。悪魔退治をするにしても、順序がある。
「……ない、かな?」
「それでよろしい」遥は言う。
それから二人は朝の食事を続ける。
「でも照子がもし本当にお喋りができたり、一人で出歩けたりしたら、私は嬉しいな」遥は本当に嬉しそうに笑う。
私は絶対に嫌だな、と夏は思う。もし夏が照子が一人で歩いているところを、本当にそんな照子の姿を自分の肉眼で目撃したとしたら、絶叫するだろう。それはきっと間違いない。




