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夏の体はその音を聞いた瞬間、ずっと遥と一緒にいたことで、今まで忘れていた寒気を急に思い出した。
夏は部屋の中の様子を確認する。遥の部屋のドアは開いていない。ではどこのドアが開いたのか? 決まっている。開いたのは向こう側のドアだ。
夏はなるべく自分の気配をなくすために呼吸を小さくする。ぺた、ぺた、と足音が聞こえる。とても小さい音。でも確かになにかが歩いている。少しずつこちらに近づいている。その音は遥の部屋のドアの前で止まった。夏は小さく息を飲んだ。
……なにかがいる。ドアの向こう側になにかがいる。なにかがじっとこちらを見ている。夏は思い出す。できるだけ考えないようにしていたこと。なるべく記憶の中から消していたこと。そうだ。この孤独な宇宙船の中には私と遥だけじゃない。もう一人いるんだ。
……暗い部屋の中で、夏の体は震えている。……怖い。なんでこんなに怖いの? なんで自分がこんなに怯えているのか夏にはよく理解できない。よくわからない。わからないから怖いのかもしれない。うまく頭が働かない。……でも、なんていうかあれは、人間じゃない気がする。
人間に似たなにかだ。人の形をしたものだ。人間の真似をしているだけ。実際は全然違う生き物なんだ。夏の脳裏に美しい照子の顔が思い浮かんだ。
それからすぐにその顔は、この木戸研究所の中で初めて遥と再会したときに、遥のそばにいて、遥の影に隠れるようにしながらじっと夏のことを覗いていた長い髪の毛をした小さな白い女の子の顔に変化した。女の子は大きな口を開けて楽しそうに笑っている。女の子の瞳は、長い前髪に隠れていて見ることはできない。