56
照子は世界で初めての人工進化実験の成功例ではあるけれど、一度実験が成功したからには、これからすぐに他の研究所でも成功した個体が生まれるだろうと予測されていた。正直なところ、遥がなぜこれほど照子に執着するのか理解できない。これが遥の周囲にいる大人たちの意見だった。
照子を手に入れて、遥はクリスマスプレゼントをもらってはしゃいでいる、未だにサンタクロースの存在を信じているような無垢な子供のように喜んだ。遥は頑張って、今まで以上に研究や仕事の成果を出したのでとくにその行為が問題になることもなかった。
遥は学園に通ったり、外国に遊びに出かけたり、両親と豪勢な食事を一緒に食べたりもした。そういうことを今までの遥はあまり好まなかったので、いろんな人が遥の変化を見て喜んでくれた。
遥は力を持っている大人たちとたくさんあって会話をした。それは社会的な権威と経済基盤を手に入れることが目的だった。だけどその裏で遥が一番楽しみにしていたことはそれらの経験を照子に向かって語りかけることだった。照子はいつもの通り真空バックされた食品のように半透明なビニールのシートの中で眠っているだけ。でも、それでよかった。照子との生活は驚きの連続だったから。
照子のことだけは未来が予測できない。出会ったときから今までずっとだ。
遥は自分の膝の上で眠っている夏の髪を少しだけ触った。それから遥は空を見上げた。空は真っ白だった。
……今いるこの小さな丘の上に家を建てる。そこで照子と二人で一緒に暮らす。ガラス越しの生活ではなくて、今日、夏と一緒に遊んだように照子と暮らす。それだけが遥の夢だ。それが天才、木戸遥の目指す理想の未来の形だった。




