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しかし運転席がない。じゃあこの列車はオブジェ? 夏は車両の中央に立ったまま、両手を軽く上げて呆れたというポーズをとる。
背負っていたリュックサックを列車の床の上におろして、夏は一番近くの席の端っこに座る。
……まあ、ここなら一応、一晩過ごせるし、今日はここに泊まればいいかな? 夏のリュックサックの中には携帯用寝袋が入っている。食料も飲み物もあるので一晩くらいなら問題はないだろう。
「うーん」と言って、夏が座席の上で久しぶりに自由になった背骨を気持ちよく伸ばしていると、急にがたん!! と列車が大きな振動音を立てた。その音にびっくりして夏は辺りを見渡した。
「な、なんの音?」思わずそんな独り言を言いながら、夏は席を立ち上がる。
列車の中で慌てていると、ドアが急に全部閉まって、夏は列車の中に閉じ込められてしまった。夏は列車のドアに両手をついて、ガラスの窓に額を押し付けるようにして、外の様子を観察する。ドアを開けようとしてもドアはびくともしない。そんなことをしていると、そのまますぐに列車は線路の上を走り始めてしまった。
緩やかな加速度を感じて、夏はバランスを崩して近くの手すりに寄りかかった。夏は列車の窓越しに前方を見る。ゆっくりと列車が森の中を走っている。夏は突然の出来事で自分が今、どんな行動をすればいいのかわからなくなる。
……もしかして、この列車が私を遥のところまで運んでくれるのだろうか? そんなことを夏は思う。その間も列車は止まることなく走り続けている。
夏はさっき座っていた席に戻ると、そこに再び腰をおろした。そして、しばらくぶりに自分のスイッチをオフにする。……体から力が抜けていく。ずっと歩きっぱなしだったから、足がとても気持ちいい。