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「よいしょ、よいしょっと」
ホラーは白い梯子をのぼり続ける。
焦らず、一歩ずつ、一段ずつ、しっかりと白い梯子をのぼっていく。
ときおり、そんなホラーのことを邪魔するようにとても強く冷たい風が真っ暗な世界の中を吹き抜けた。(その強い風が吹いているときだけ、ホラーは動きを止めて風に飛ばされないようにただ、じっとしていた)
風がやむと、ホラーは白い梯子をのぼりはじめる。
そんな風にずっと、永遠に続いているようにみえる白い梯子をのぼりながら、ホラーはメロディのことを思った。
そして、ホラーは涙を流した。……私がいなくなったら、(このまま地上にいけたとしても、地上までたどりつけなくて、梯子から落っこちたとしても)メロディは一人で穴掘りの仕事を続けるのだろうか? 勝手に黙っていなくなった私のことなんてすぐに忘れてしまうのだろうか? メロディは誰か私の知らない友達をつくって、その友達と私と暮らしていたように、あの小さな家で二人で暮らしていくのだろうか? ……私は、間違ったことをしているのだろうか? 私は地上に憧れているのではなくて、ただ、あの辛い穴掘りの仕事から、真っ暗な冷たい(でも、私の生まれた故郷である)流刑地から逃げ出したいだけなのだろうか?
ホラーは白い梯子をのぼり続ける。
その手を、その足をけっして止めたりはしない。
「よいしょ、よいしょっと」
ホラーはリズムをとる。穴掘りと同じだ。リズムをとって、同じ作業を繰り返す。長い時間。穴掘りの仕事の終わりを告げる監督官のぴーっ!! という高い笛の音が聞こえるまで。ずっと。ただ、同じ作業を繰り返す。
疲れがたまる。思考がぼんやりとする。
ホラーは白い梯子をのぼり続ける。
これは試練なのだと思う。これは神様の試練なのだと思う。私が本当に地上に行きたいとおもっているのか、神様が私を試しているのだと思う。
「いた」とホラーは小さな声を出す。
いつの間にか両方のてのひらの皮がむけて、ところどころから真っ赤な血が流れていた。
子供のころはよく鼻血を出していたけど、自分の血をみるのは久しぶりだな、とそんなことをホラーは思った。




