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遥は自分で用意した料理をあんまり食べなかった。その代わり夏ががつがつと料理を食べた。せっかくの遥の手料理を残すことは嫌だった。遥もそれを望んでいるような気がした。楽しい食事はあっという間に終わり、最後に残った卵焼きを口の中に放り込むと夏は口元をティッシュで拭いた。それでテーブルの上のお皿は全部からっぽになった。
「ごちそうさま」夏は遥にそう言った。
「お粗末様でした」遥は席を立って食器の後片付けを始める。夏も自分の食器を持って後片付けを手伝った。食器類を洗うために遥がキッチンに移動する。夏も遥のあとについていく。二人は一緒にキッチンに移動した。
キッチンは真っ白で清潔で無駄なものがなくて、シンプルで、とても使い易い形をしていた。遥はそこで手際よく食器を洗った。夏はそんな遥の様子を邪魔にならないところからじっと観察していた。洗い物をしている遥の後ろ姿はとても新鮮だった。
「小さな丘があったでしょ? あそこに家を建てる予定なの」突然の素敵な発表に夏のテンションは上がった。
夏はこのまま遥がこの地下で一生を終えるつもりなのではないかと心配していた。
「すごい! そこに住むの?」
「うん。二人で暮らす計画なんだ。照子と一緒に生活するの」
なんだ。ちゃんと考えているじゃない。えらいぞ。そうだそうだ。こんなところに一生閉じこもってる場合じゃない。遥にはもっとお似合いの場所がある。地下の底なんて遥に全然ふさわしくない。空を自由に飛んでこそ遥かなんだ。遥もよくわかってるじゃないか。夏はなんだか嬉しくなる。夏は満面の笑顔になった。
「照子はね、とても体が弱いの。自然の中では生きていない体なんだ。だから生きていける環境を人工的に作り出す必要があるの」遥はとても悲しそうな顔をする。
「それがドームを作った目的なの?」
「そうだよ」
大きなドームで空間を囲い、照子の生きていける世界をその内側に構築する。
自身の生存圏を獲得していく。世界を徐々に広げていく。それは悪いことではない。人間だって本来は地球の限られた場所でしか生きていくことはできない。人工的に環境を作り替えることで生存できる空間を広げているだけだ。生命体はみんなそうなのかもしれない。家をつくり、共同体をつくり、大きな壁をつくって世界を内側と外側の二つに隔てる。天国と地獄。発想が飛躍しすぎている。話が大きくなりすぎて夏の頭の中でぐるぐると思考が空回りする。夏は思考を遮断する。
「お家はいつごろ、建てる予定なの?」できれば夏も一緒に住みたい。
「秘密。照子と約束したの。それは二人だけの秘密にしようねって」
そう言うと遥は夏のほうを振り返って、いたずらっぽい笑顔で笑った。




