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「遥に触るな!!!」夏が恫喝する。とても大きな叫び声。その声に反応して照子の体がびくんと震えて、体を小さく縮こめる。萎縮する。
そして次の瞬間、夏は右手に持った銀色の拳銃を(左手を当てるようにして両手に持ち直して)照子に向ける。
その動きには戸惑いがまったくない。照子の顔を夏は真っ赤になった両目で睨みつける。
照子が(夏の怖い目を正面から見返しながら)なにかを夏にしゃべろうとする。しかし、その声は声にはならない。照子は声を出さずに、水の中で呼吸をする魚のように口をぱくぱくとさせている。(照子は自分にとって生まれて初めての新しい言葉を、自分の内側で今、この瞬間に創造しようとしているようだ。その作業に少し時間がかかっている)
その光景を澪はただ見ていることしかできない。時間がとても遅く感じる。スローモーションの映画の演出のように、あらゆるものがとてもゆっくりと動いている。
澪は夏に声をかけようとする。
……だめだよ。夏。撃っちゃだめだ。なんで夏が照子を撃たなくちゃいけなんだよ。照子はなんにも悪いことはしていない。照子はただ生きようとしているだけなんだよ。まだ『子供』なんだ。ようやく歩けるようになったばかりの『子供』なんだよ。それなのに、(そんな照子に向かって)どうしてそんなに怖い顔をしているのさ? 優しい夏はどこにいってしまったんだよ? そんな顔、夏には全然似合わないよ。ずっと楽しそうに笑っていたじゃないか? 夏はいつも明るくて、わがままで、とても優しくて。……それが夏だよ。僕の知っている夏。
……夏。やめてよ。だめだよ。
……夏。
撃ったらもう誰も引き返せなくなる。みんな、みんな死んじゃうよ。お願い。夏。撃たないで。照子のこと、……許してあげて。
「……なつ」
照子の言葉と同時に銃声が鳴った。




