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移動の間に夏の手足が赤色に染まった床に触れて、すると夏の手足も床と(もしくは世界と)同じように真っ赤な色に染まった。夏はその右手に着いた赤色の匂いを嗅いで、それから自分の舌で、その赤色を一回だけ舐めてみた。すると、とても鈍い鉄の匂いと味がした。それは間違いなく人間の流した赤い血だった。赤い、赤い血だった。
……赤い、血だ。赤い血。
まだ少しだけあったかい。温もりの残っている血だった。この血がその人物の内側から外側に漏れ出して、まだそれほど長い時間は経っていないらしい。夏は自分の手を見つめる。夏はその場に内股の姿勢で座り込む。夏のお気に入りの青色のパジャマのズボンが血でべったりと汚れてしまう。
手が真っ赤だ。……誰の血だろう? ……こんなにたくさん、血を流している。きっと、とても大きな怪我をしている。大怪我だ。致命傷だ。早く、一刻も早く病院に連れて行かないといけない。……そんなことをぼんやりとする頭の中で夏は考えていた。
自分の真っ赤な血まみれの右手を見ながら夏が床の上で放心していると、急に目の間にある照子の部屋のドアが勝手に開いた。理由はわからないがドアは自動でロックを解除されたようだった。(その理由を推測するほどの余裕は夏には残っていなかった)
その音と動作を感じて、夏はびくんと体を跳ね上げた。それと同時に、まるで電気ショックでも受けたように、夏の意識があっという間に回復した。焦点のあった夏の大きな黒い両目がその開いたドアの内側に向けられた。そこは(なぜか)真っ暗だった。だけど通路側の赤色の点滅がやまないので光源には困らない。
夏は部屋の中を見る。床が血で染まっている。壁際のところ。あそこが血溜まりの源泉だった。あそこで誰かが血を流したのだ。通路に溢れるほどの大量の血液。夏はさらに凝視する。壁の隅っこになにかが落ちている。銀色に光り輝く小さな、なにか。夏はそのなにかに見覚えがあった。それは夏の持ってきた拳銃だった。見慣れた銀色の拳銃。夏の大切な思い出のある拳銃。いつの間にかリュックサックの中から消えていた拳銃がそこに転がっている。(きらきらとまるで宝石のように輝いている)




