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夏は走り出してすぐに、具体的には開いたドアのある通路の途中まで来たときに、その自分の靴の裏で起こっている異変に気がついた。走り慣れていた夏は走るという行為に対して起こる違和感にとても敏感になっていた。それは重たい鉛のような感触だった。それはとても深い沼に足を踏み入れてしまったような感触だった。
夏は恐る恐る自分の履いている真っ白な靴の裏を見た。そこは真っ赤な色に染まっていた。夏は後ろを振り返って自分の移動して来た痕跡をたどった。それはとても容易なことだった。なぜなら夏の歩いた足跡はくっきりとした鮮やかな赤色となって、床の上に今もはっきりと残っていたからだ。(その赤色はなぜか同じ赤色の染まる世界の中で、とても鮮明に見間違えることもなく、夏の目に写り込んだ)
激しく点滅する赤い光と同化していて、通路に出て、すぐに気がつくことができなかった。でも、一度それを認識してしまうと、それはとても大きな存在感を持ってそこに存在し続けていた。
足跡が赤い。……私の足跡が赤い色に染まっている。夏のスニーカーは歩くたびにぐちゃぐちゃと嫌な粘液質の音を立てた。さっきまでそんな音、全然聞こえなかったのに、今はとても大きな音がして、夏の耳に聞こえた。




