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夏は軽く頭を叩く。故障した機械は叩いて直すのが夏の流儀だった。痛みは消えない。一度、意識してしまうとその感覚はずっとリアルになる。それは頭から体に伝導する。体のあちこちがすごく痛くなる。夏は忘れていた痛みを思い出す。ちょっと無理をしすぎたのかな? 痛みは無理をさせすぎたことによる夏の心と体からの反撃なのだ。そう思って夏は反省する。
夏は通路の手前と奥を順番に見る。早く出口に向かって移動しなければならないと思う。でもどうしても足が動かない。あの隠し通路の先が気になって仕方がない。どうしてこんなに気になるだろう? 理由は夏にもわからない。夏は真っ暗な深い底のないような通路の闇をじっと見つめている。闇が夏に向かってこっちに来いと言っているような気がする。……怖い。なんだかあの闇の中に自分の体が魂ごと吸い込まれてしまうような気がする。
なんだろう? ……すごく嫌な感じがする。こんなに嫌な感じがするのはお母様の、……ううん、違う。あのときと今は、決定的に違う。夏は頭を振って気持ちを切り替える。そんなことはどうでもいい。今はお母様は関係がないのだ。ここは瀬戸家のお屋敷の中ではない。木戸遥の研究所の中、木戸遥のテリトリーの中だ。だから考えるのは遥のことだ。夏は思考を切り替えた。




