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それだけじゃない。夏には遥がなにかとんでもない状態に陥っていることが何故だかとても鮮明に確信を持って理解することができた。(嘘ではない。本当に感じていることだ)
心と心が繋がっている。眠って起きたあとの状態では明らかに私は遥とより近い位置に立っている。その自信と確信が夏にはあった。(冷静になった今では、それをより強く感じる)
もちろん根拠はない。それはオカルトのような話だ。(科学はオカルトにつながる。なんだかタイムマシンの話をしていたときみたいだ。そのときの遥の姿を思い出して)夏は思わずくすっと笑った。
ただ実感として、魂の感触として、それは確かに夏の中に存在した。夏の心の中にも、体の中にも。その繋がりは夏に『とても大きな勇気』を与えてくれていた。
夏は世界を認識する。世界は赤色に染まっている。警報はいつまでたっても鳴り止まない。研究所は世界を拒絶しようとしている。遥が世界の中に閉じ込められる。
二度と外には出られない。遥にもう会えない。そんなのは絶対に嫌だ。それだけは嫌だ。私はここにいる。私が遥をここから連れ出すんだ。そのために私はこんな辺境の地までわざわざ苦労してやってきたんだ。地上に、二人で一緒にドームの外に出るんだ。私は、遥と一緒にドームを出て、外の世界で、……楽しく、幸せに、……遥と手をつないで、遥と、……一緒に生きるんだ。
遥と一緒に年齢を重ねて、いろんな経験をして、喧嘩したり、笑ったりして、そうやってお互いに支え合って生きていくんだ。私は遥の友達なんだ。遥は私の親友なんだ。私は遥の唯一の理解者なんだ。……遥は私を世界で唯一理解してくれる人なんだ。
夏の顔がぐしゃっとなって、その目からぽろぽろと涙が溢れて床の上に落ち始めた。(泣き虫はそう簡単には治らないのだ)
夏は床の上に二本の足で立っている。両手はまっすぐ伸びていて、手のひらはグーになって震えている。夏の顔は下を向いている。そこから涙がぽろぽろと床の上に溢れている。
……私の、愛している人なんだ。遥は私の憧れなんだ。遥は私のすべてなんだ。本当だよ。嘘じゃない。遥のためならなんだってできる。命だっていらない。私は遥のためなら死ねる。それを今から証明してみせる。瀬戸夏は前を向いた。そこにはどんなに強く叩いても開かない、ずっと硬く閉ざされたままの、遥の部屋の中にある開かずのドアが一つあった。
(冷静になったとしても、とりあえずやることは変わらない。血を流すだけだ。だって夏には、初めからそれ以外の選択肢は用意されていないのだから。天才である木戸遥のために血を流すことが、親友である瀬戸夏の唯一の役割なのだから。それはおそらく間違いのないことだから)




