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292 雪合戦 私がいなくなったらみんな、私のことすぐに忘れちゃうのかな?

 雪合戦


 私がいなくなったらみんな、私のことすぐに忘れちゃうのかな?


「遥、見て、雪だよ、雪!」

 雪の降る白い空を見上げて夏は笑顔でそう言った。夏は学園の紺色の制服の上にお気に入りの青色のジャージを着て、頭には白いぽんぽんのついた帽子をかぶっている。首元には同じく白色のマフラーを巻いて、雪に対して万全の備えをしていた。夏は子供のように顔を真っ赤にして雪の降る空を見ている。

「そんなにはしゃいだら危ないよ」遥は言う。

 そう言ってから、遥はこれはいつのころの記憶だろうとそれを思い出そうとする。でも該当する期間がない。もしかしたらこの記憶は遥の見ている夢の記憶かもしれない。(私は今、生まれて初めての本当の夢というものを見ているのかもしれない)遥は夏と同じく学園の制服の上にお気に入りの赤色のダッフルコートを着ていた。首には白色のマフラーを巻いているが、頭に帽子はかぶっていない。

 遥の黒髪の上にはうっすらと雪が積もり始めていた。そんな遥の姿を見て、夏はおかしそうに遥を指差して笑っている。相変わらず失礼な友達だ。そんなことを思って遥は笑う。それから私は今、とても幸せだと思う。それはきっと夏がいてくれるからだろう。木戸遥はそう結論する。それが彼女の出した人生の解答だった。(大きな花丸をもらえると思った)

「遥、ほら、雪、雪」夏が両手いっぱいに雪を拾い上げる。それを遥に見せるために夏は遥の元まで駆け寄ってきた。

「うん。雪だね」遥は言う。それ以上なにも言うことを思いつかなかった。すると夏はとても不満そうな顔をした。

「遥、雪だよ、雪! 嬉しくないの?」夏は言う。

「嬉しくないよ。だってこれ、ただの雪だよ」と遥は言う。

 次の瞬間、遥の顔面は雪まみれになる。視界が消える前の映像からすると、どうやら夏が遥に両手に持っていた雪をぶつけたようだった。

 遥は少し、……いや、かなりいらっとした。だけど遥は大人なのですぐには怒らない。笑顔で雪を落として夏の姿を探した。夏は遠くにいた。遠くで雪を拾って、それを丸い玉の形にして全力で遥に向かってぶつけてきた。その雪玉は遥の胸にぶつかって砕けた。

「雪合戦だよ!」夏は叫ぶ。そんなこと言われなくてもわかっている。

 夏は次々と雪玉を遥に投げつけてくる。それもとても楽しそうに。やれやれ。夏は子供なんだから。遥はいくつかの雪玉を体に当たられながら自分もゆっくりと雪を拾って雪玉を作る。遥は狙いをすまして思いっきり雪玉を投げる。それは見事に夏の頭に命中して夏は雪の上に雪玉を投げる寸前の体制のまま、ずぼっという音を立てて倒れこんだ。それっきり夏はまったく動かなくなる。もう降参したということかな? 遥は思う。

 仕返しをして、勝負に勝って、遥は気分を良くして、遠くにいる夏のところまで移動を開始する。移動中に感じる雪が冷たい。雪の中で遥は笑う。夏はまだ動かない。夏のことだから、もしかしたら雪の中で泣いているのかもしれないと遥は思う。(突然泣き出す。そういうことが夏にはよくある)遥は夏のいるところに到着する。

 すると意外にも、夏は雪の中で笑っていた。真っ白な大地の上に大の字で寝っ転がったまま、夏はずっと雪の降る空を見ていた。

「ふふ。雪だよ雪。本物の雪だよ。全部これ。本物なんだよね」夏は言う。

「うん。そうだよ」遥は言う。

「全部、本物の雪」夏は言う。

 遥は夏に手を差し伸べる。だけど夏はなかなかその手をつかもうとはしなかった。

「ほら見て遥。こうしているとさ、雪が降っている景色がとても良く見えるんだよ。大発見だね」夏は笑う。

「大発見だね、じゃないでしょ? ほら夏。そんなところで寝ていると風邪ひいちゃうよ?」

「だって本物の雪だよ?」夏は言う。

 夏は遥の顔をちらっと見てから、(それから差し出された遥の手に目を向けて)ゆっくりと観念したように遥の手を握った。夏は雪の上に立ち上がる。遥が夏の服についている雪をぱんぱんと手で叩いて落としていく。

「遥、痛いよ」夏が言う。

「痛くない」遥が言う。

 夏はおとなしく遥のされるがままにしている。

 その作業が終わると遥は夏をじっと見つめる。夏はまた、黙ったまま雪の降る空に目を向けた。雪を見ながら夏はなにを考えているのだろう? 遥は思う。そんなことがなぜかとても気になった。

「くしゅん!」と夏がくしゃみをする。

 そのくしゃみを聞いて、遥ははっと我に帰った。(いつもの遥に戻ったのだ)

 雪が二人の頭の上に、いつの間にか少しだけ積もっていた。

「そろそろ帰ろうか?」遥が言う。それから遥は私はどこに帰るのだろう? と疑問に思う。でも夏の帰る場所はわかる。遥は夏をきちんと、この雪の中で風邪をひいたりする前に、瀬戸の実家に帰してあげないといけないと思う。

「ねえ遥。雪合戦しようよ。雪合戦」まるで小さな子供のような表情と声で夏が言う。

「雪合戦は今やったでしょ?」遥が言う。

「だって本物の雪だよ、遥。もっとやりたい」夏が言う。遥は少しだけ考える。実はさっきちょっとだけ楽しかったのだ。

「雪合戦したら家に帰る?」遥が聞く。

「うん」夏が笑顔で答える。

 その夏の笑顔があまりにも素直で、それでいて、とても素敵だったから、遥は夏ともう一回だけ雪合戦をして遊ぶことに決めた。

 それから二人はきちんとルールを決めて、お互いに一定の距離をとって、いくつかの雪玉を用意したあとで雪合戦を始めた。言い出しっぺの夏はとても楽しそうに笑っている。それに付き合っている遥もとても子供らしい笑顔で笑っていた。勝負は五分五分といった感じだ。(それはもしかしたら、二人ともこの勝負が終わることを心の中で拒否していたからなのかもしれない)雪合戦はなかなか終わらない。やがて雪の勢いが強くなってきた。二人の姿が白い雪の中に消えていく。

 雪はすぐに吹雪のようになった。

 遥は少し焦った。

 雪の向こう側に夏の姿が見えない。

「夏! そこにいる!?」遥は叫ぶ。

「いるよ! 私はここにいる!」雪の向こう側から夏の声が聞こえる。 

「私もいる! 私もここにいるよ!」

 遥は大きな声でそう返事をした。

 でも、それっきり、夏からの返事はない。夏はどこかに消えてしまった。夏は遥の元からいなくなってしまったのだ。

 そのことに気がついてから、遥はこれが自分の見ている夢であるということをとても強く思い出した。

 遥は激しく吹く雪の中で一人ぼっちになった。(それはいつものことだ)

 ……体が冷たくなってきて、遥はだんだん不安になった。とても眠たくなって、遥はその場に倒れこむようにして横になった。夏がいないと遥は力が出なくなった。

 夏。遥は夏のことを考える。

 ぼんやりとする思考の中で、夏の言葉を思い出して、遥は空を見るために真っ白な大地の上に仰向けになって、(夏の真似をして)大の字になって、空を見上げた。

 でも視界は真っ白な嵐のままで、遥の見ている風景はなにも変わらなかった。きっと夏の見ている(見ようとしている)風景と遥の見ている(見たいと思っている)風景は違うのだろう。雪はずっと強いままだった。遥は真っ白な嵐の中にいた。(もしかしたら十四年間の間、ずっと彼女は嵐の中にいたのかもしれない)

 遥は雪の中でいろんなことを諦めていった。(それはそんなに悪い経験ではなかった)

 しばらくの間そうしていると、遠くのほうで誰かが遥の名前を呼んでいるような気がした。

 遥が大地の上に寝っ転がったまま、顔だけを動かして、そちらに目を向けると、そこには小さな女の子が二人いた。そこは嵐の中心なのか、やけに雪の力が弱かった。そこは凪のように落ち着いていて、まるで人の立ち入ることのできない聖域のようにも、神様の住んでいる神域のようにも見えた。

 その場所だけ時間が止まっているかのように落ち着いていた。

 遥の二つの目はその場所に釘付けになった。

 世界に雪が降り積もる。

 一面の真っ白な、……なにもない世界。優しい雪の降る、純粋で、無垢で、穏やかな時間が流れる、そんな現実ではあるはずもない世界。

 そんな素敵な(それはきっと夢の中の世界のことだ)世界の中で二人の女の子が楽しそうに雪合戦をして遊んでいた。青色の服と赤色の服をきた、二人の幼い女の子。年のころはだいたい七歳くらい。その二人の姿を見間違えるはずもない。

 それは出会ったばかりのころの遥と夏だった。

 遥、雪だよ、雪。真っ白な雪。本物の雪。そんな夏の声が聞こえる。うん。綺麗だね、夏。本当に綺麗だね。そんな遥の声が聞こえる。

 真っ白な雪の世界の中で、楽しそうに会話をしている二人の声を聞いて遥はほっと安心した。愛している。私は、世界で一番、あなたのことを愛しているよ、夏。遥は心の中で夏に告白をする。

 遥はにっこりと笑う。

 それからまるで目を瞑るようにして、遥は自分の意識を明確な意思を持って手放した。木戸遥の記憶はそこで途切れた。(完全に途切れてしまった)

 だから世界は太陽を失ったように真っ暗になって、……二人の女の子の姿も、完全に見えなくなった。

 真っ暗な世界の中に二人の話している声だけが残響のように聞こえてくる。

「幸せ、見つかるといいね」と夏は言った。

「私たちの幸せ」と遥は言った。

「ふふ。そう、私たちの幸せ」と言って夏は遥の隣ではしゃいで笑った。


 君に会えてよかった。


 とても大きな音が部屋じゅうに鳴り響いている。

 瀬戸夏は目を覚ますと、あまりの異常事態に状況をうまくつかむことができないでいた。その状況はあまりに異常だった。あまりの異常事態に寝起きのぼんやりとした夏の頭ではその状況をうまく理解することができなかった。しかし激しい赤色の点滅と大きなベルの音により、夏の意識は目覚めてからすぐに、強制的にその意識を覚醒状態まで強引に引き上げられた。

 夏はベットから飛び起きた。

「なに!? どうしたの!? なにがあったの!?」

 薄暗い室内。照明は(夏の知ってる、見慣れた)白から赤に変わっている。警報音が大音量で鳴っている。目覚ましのベルにしては音が大きすぎる。どう考えても、……ただ事じゃない。

 夏は隣で眠っているはずの遥を見る。

 ベットの中に遥はいない。遥を探さないと。(反射的に夏は思う)

 ベットから降りると足がふらついて夏はそのまま床の上に倒れこんでしまった。

「……いたい」まるで自分に言い聞かせるように夏は言う。

 夏は床にぶつけた体の部分を手で優しくさすった。

 なんだろう? 頭が痛い。(それに体にも少し力が入らない)とてもいい夢を見ていた気がする。(夢はすでに消えてしまった)それなのに頭痛がする。……なんだ、これは? いったいどういうことだろう?

 いい夢を見たあとは決まって体の調子がいいのに……。いつもなら、もっと気持ちよく目覚めることができるのに……。(それなのに体の調子が悪い。まるでソフトのダウンロードに失敗したアンドロイドみたいにちぐはぐだ)

 なんかへんだ。だいたい今は何時なんだろう? 夏は時刻を確認しようとする。でも点滅する赤色と大音量のベルの音に邪魔されてそれがうまくできない。

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