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瞬間、とても大きな音がした。同時に世界が静寂に包まれる。
なにも聞こえない。ゆっくりと時間が流れる。世界がスローモーションになる。遥の右手が後ろに弾け飛んで、それは叩きつけられるようにして、後方の壁にぶつかった。それでも遥は拳銃を右手から放さなかった。
衝撃が全身を駆け巡った。その衝撃が銃を撃った反動であることに遥はしばらくの間、気がつかなかった。普段ではありえないことだ。(認識は、判断のあとからやってきた)
床に小さな穴が空いている。照子は無事だ。弾は当たっていない。銃弾は外れた。当然だ。あんなに震えた右手じゃあたるわけない。
銃で打たれたというのに、それほど強く拒絶されたというのに、照子はなおも遥に近づいてくる。照子の小さな白い右手が遥の左の足首をしっかりとつかんだ。遥は抵抗できない。(生まれて初めて、それも自分ではない誰かに、私の愛する照子に向かって)銃を撃ってから、遥はどこか魂が抜けてしまったような顔をしている。ぼんやりとしている。(遥の顔は、なぜか笑っている)
とても冷たい手。とても冷たい感触。人ではない生き物の手だ。それを遥は実感する。遥の体は痙攣したまま動かない。どこかで回線が切れてしまったロボットみたいだ。照子が震える遥の体にしがみついてくる。そのまま、……上に、上に、遥の体を這い上がってくる。
ずるり、という音が聞こえる。




