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もう遥と照子の距離はほとんど離れていない。遥の持つ銃の銃口は照子に向けられている。照子の白い手が、もう遥の足元にまで迫っている。
そこまで距離が縮まったとき、遥の耳に空想の中でしか聞いたことのなかった照子の声がはっきりと聞こえた。
「はるか」
照子は遥の名前を呼んでいた。
全身の毛が逆立ち、体中に鳥肌が立った。照子が自分の名前を呼んでいる。照子の中に『はるか』がいる。木戸遥が照子の中に存在している。私が所有されている。
遥は気が狂いそうになる。いや、もう気は狂っているのかもしれない。壊れる。私が壊れてしまう。ばらばらになる。精神の形が保てない。すべての境界があいまいになる。わたしがわたしじゃなくなる。
……私はもう、……私として、十四年の歳月によって築き上げられた、一人の個体と個性を持った人間として、わたしの知っている木戸遥として、この世界にとどまっていはいられない。遥の体は痙攣する。遥の口からは小さな泡ぶくが溢れている。痙攣したままの右手で、遥は照子に向かって照準を合わせて、……そのまま躊躇なく引き金を引いた。




