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照子の手が床をつかむ。ずるりという音がする。照子の床を這う速度はとても遅い。でも確かに照子は前進している。遥に向かって移動している。……二人の距離が、だんだんと近づいていく。(怖い)
遥は自分が入ってきた入り口のドアに近づこうとして、床の上を座ったまま、上半身の力だけで移動する。どうやら腰が抜けてしまったようだ。下半身がまったく動かない。震えていて、全然言うことを聞いてくれない。
遥はうつ伏せの体勢になり、照子と同じように、床の上を這うようにして後退する。不恰好な移動だ。
それでも遥は無菌室入り口のドアのすぐ近くまで移動することになんとか成功する。自分でも驚いたくらいに、上半身が頑張ってくれた。恐怖が体を動かしてくれる。呼吸が荒い。遥はうつ伏せになっていた体勢を仰向けに変える。背中を壁にぺったりとくっつけて、震える体を安定している世界の上に固定する。手で床を押すようにして移動しながら右手の自由を確保する。右手はずっと震えている。そこには銀色の拳銃が握られている。遥の右手はこれでもかって言うくらいの力を込めて、その拳銃を握りしめている。




